第七話:第一機動隊
「ただいま」
カークは普通に挨拶した。
「おかえりなさい」
「おかえり」
「リーダー、またギルドで食って来たのか?」
「よく飽きないモンだぜ」
いづれも『歴戦の強者』と呼ばれる様な厳つい男達から、様々な返事が聞こえて来る。しかし、そのどれも穏やかな声だ。
「紹介しよう。彼が<不死身>のアルだ」
唐突に呼ばれたアルは、ただ立ち尽くすしかできないでいた。
「おおっ、そいつが」
「ようこそ」
「いらっしゃい」
「初めまして」
「なんだ、小さいな」
「チッ」
想定外に様々な反応だ。
「教会の治療院へ入院していて、漸く今朝になって退院できた」
カークが説明してくれる。
「挨拶が遅れて申し訳ありません」
アルは深々と頭を下げた。
「本来なら私から伺うべき処を、カークさんに案内までさせてしまいました」
しかも、お礼の一つも持たずに居たのだ。
「おい、どうしたんだ?」
カークが心配そうに、部屋の奥へ声を掛ける。
「そんな処へ隠れて居ないで、新人を迎えてやってくれよ」
そこには魔法使いと思われる人達が、一塊になって震えていた。
「……リーダー、一体何を連れて来たの?」
か細く弱々しい声が聞こえる。本来は届かない程に距離があるにも関わらず、その姿を注視していたアルにはハッキリと認識できた。
「猛烈な魔力を撒き散らしているんだ。我々魔法使いを威嚇するどころの話しじゃあ無い……」
どうやら魔力を持たない者には、感じられない脅威が存在する様だ。
「カークさん、申し訳ありません。私は少し特殊らしいのです」
アルは言った。
「今日はこれで失礼して、後日改めてご挨拶に参ります」
魔道具屋を営むエルフの魔女、エマにも某かの影響を与えていたのだ。初対面であまり迷惑を掛けてはいけない、と判断する。
「そうか。まあ、コイツらには後で教えて貰おう」
黒豹獣人のカークは、怯えた魔法使い達を眺めながら呟いた。
「でも折角此処まで来たんだ。リハビリがてらに、少し身体を動かして行け」
アルに応えて部屋を見渡す。
「バルカン、見てやってくれないか」
呼ばれたのは二メートルを越える巨漢だ。ブルドッグ系の犬獣人で、肩の筋肉が盛り上がり首は埋没している。
「はい、リーダー」
恐ろしい外見に似合わず優しい声だ。しかし、ノッソリとした動きに隙は無い。
「彼は意識を失なっても剣を離さなかった、と聞いています」
穏やかな口調であるが、バルカンが背負っていたのは彼に似た巨大なブロードソードだった。
◇◇◇
基地の東側に在る屋外訓練場へ移動し、他の利用者が居ない事を確認する。カークとバルカンに着いてきたアルは、その広さに眼を見張った。長辺百メートル、短辺五十メートル程の楕円形で、高い板張りで外周が囲われている。
「主にグループでの戦闘を目的として、設計されてあるのさ」
平静を装ってカークの説明を聞く。
「バルカン、アルは記憶喪失なんだ」
小さな声で伝える。
「身体の動かし方まで忘れている可能性を、考慮してやって欲しい」
バルカンは静かに頷いた。
「でもな、此処へ来る際、俺の脚に着いてこれた程の身体能力はある。だから新人と言っても、慎重に対応してくれ」
もう一度、静かに頷く。
「先ずは準備運動から」
バルカンが言った。
アルは彼と向かい合って、その動作を真似る。すると身体が覚えていたのか、勝手に動き始めた。
「帝国軍の統一体操が、身に付いている」
彼は感心した。
続く柔軟体操も同様に滑らかな動きで追随し、関節の柔らかさと可動範囲の広さを確認する。
「基礎はシッカリしており、体幹も充分に強い」
バルカンが冷静に分析して言った。
「練習用の模造剣を使おう」
バルカンはアルを連れて訓練場の一角へ向かう。
「色々と試してみろ。身体が覚えている筈だ」
そう言われたアルは、今持っている剣と同等の物を探した。種類別に大きさが揃えられた陳列の中から、幾つか試して合う剣を選択する。模造剣の刃は潰してあるが、当たれば容易に骨折してしまうと想像できた。
「片手剣だな。楯は自前のを使え」
バルカンはアルに合わせて装備を代える。
「最初は俺の動きに着いてこい」
右手に剣を左手に楯を持った彼は、アルを従えて訓練場へ移動した。
「基本の型から始める」
両足を肩幅に開き、軽く膝を曲げて腰を落とす。
僅かに前傾姿勢を取り、左手を折り曲げて楯で上半身を隠した。
アルはバルカンに倣って右手に持った剣を振る。
剣の振り方に応じて楯を構え直し、軽快な脚さばきでリズミカルに連撃を放って行く。
(不思議だ。勝手に身体が動く)
書類へサインした時と同じで、自覚しないまま剣を振り続ける。その動きを認識し、新たな記憶として刻み付けた。
(どんどん思い出してくる様だ)
バルカンが繰り出す動きを忠実に再現し、そのどれもに納得する。一つ一つの動作に裏付けがあり、次へ繋がるストーリーが込められているのだ。
「よし、合格だ」
気付けば三十分が過ぎていた。うっすらと額に汗を浮かべたバルカンが宣言する。
「かなり長期間に渡り訓練して来たのだろう。どの動きも身体に染み込んでおり、迷いが無い」
手放しの誉め言葉にアルは照れてしまう。
「荷重が前寄りなのは、自分よりも体格が勝る相手ばかりに、対していたと思われる」
自分では気付かない癖まで見抜かれていた。
「次は実際の攻防を確かめよう」
五分程休憩して息を整え、身体が冷えない内に始める。
「いつでも構わないから、自分のタイミングで撃ち返してこい」
十歩離れて相対したバルカンは、予備動作無しでアルの楯を撃った。
(重い!)
手加減してくれているのは分かるが、その速さと重さに対応するだけで精一杯だ。相手の動きを見極め、楯の受け方で態勢を保つ。
(普段は巨大な両手剣を使っているのだろうが、まるで剣豪を相手にしている様な迫力だ)
腕と足腰のバネで衝撃を逃がし、真っ直ぐにバルカンの視線を捕らえる。
(誘われたな)
恐らくワザと作られた隙へ、アルは全力で撃ち込んだ。
(予想通り!)
剣を振り切る前に楯で弾かれ、崩れそうになる体勢を腰で保つ。
下から掬い上げる剣筋で間合を取り、身体が思い出した連撃を繰り出した。
攻防を続けていると、徐々に速度が増してくる。
バルカンは無表情のままだ。
アルの反応が限界に近付いてきた。
「剛!」
不意にバルカンが吼える。
普段の優しい声ではなく、腹の底から出た力強い咆哮だ。
無意識でアルは剣に<力>を流し込み、襲って来るバルカンの剣を迎え撃った。
ドゴォン!
轟音と共に、二本の剣が爆裂する。
衝撃でお互いに数歩後退った。
「もしかして、とは思っていたが、ヤッパリ<魔法剣士>だったのか」
荒い息を鎮めたバルカンは、アルに向かって感嘆する。
「間合いが不自然に離れていたからな」
ニヤリと嗤った。
初めて見た彼の笑顔は恐い。
「しかし、魔力が強過ぎる様だ。魔法使い達が怯えていた理由はそれだな」
観戦していたカークが楽しげに言った。
「頼もしいぜ」
ベルトに提げたポーチから、何かを取り出して二人へ近付いて来る。
「ほら<第一機動隊>のリングだ。市民証の鎖に通しておくと邪魔にならないぞ」
◇◇◇
「ところで<不死身>とは、一体なんですか?」
建物を出たアルは、出口まで送ってくれるカークへ尋ねた。
「俺が君に付けたんだ」
黒豹獣人は事も無げに答える。
「気まぐれな筆頭司教のピクニックへお供していた際に、偶々通り掛かった俺が見つけたのが行倒れていた君だ」
ピクニック?
「上級の回復魔法が使える筆頭司祭が居なければ、治療が間に合わなかっただろうな」
アルはまだ理解が追い付かない。
「そんな幸運の持ち主だから<不死身>と名付けたのさ」
続く