第五話:魔道具屋
(見慣れない顔は、やはり違和感ばかりだ)
防具一式を装備して、アルタイル少年は大きな鏡の前で戸惑う。ヘルメットの顎紐を締めて、もう一度見直した。
(自分の顔の記憶まで、無くしているのか)
そこで直ぐに気持ちを切り替え、身に着けた装備を確認する。
(革鎧の重さも気にならない)
軽く身体を左右へ捻り、フィット感を確かめた。これならば鎧下に鎖帷子を着込んでも、行動を妨げないと思える。
(このショートブーツも良いぞ)
硬そうな革ので厚めの靴底だが、意外と柔軟性に富んでいたのだ。
(楯も軽くて、取り回しが楽だな)
球面状の円型をした木製の楯は、前面を金属で十字に補強されており、縁取りもシッカリと嵌まっていた。
(革手袋も柔らかく、グリップを妨げない)
ミスリル製の剣を握って確かめる。
長さ八十センチの真っ直ぐな片手剣で、グリップ部は大きめの鍔と太い護拳が特徴的だ。刃も鋭く肉厚なのが頼もしい。
「骨太な体格とこの剣の折れ方からすると、斬るよりも叩き潰す様なスタイルだろう」
厳ついドワーフの店員は、まだアルが持ち込んだ剣を握っている。
「その年齢だと、これからも成長して身体が大きくなる。調整してやるから、月に一度は顔を見せに来るんだぞ」
アルは無言で頷いた。
「金貨十枚だ」
アルは言われた通りに支払う。間違いなくミスリル製の剣だけで、大幅に予算を超過している筈なのだ。
壊れた装備品を回収してもらい、メンテナンス用の砥石とオイルをオマケでくれた。
「ありがとうございました」
腹部を護る幅広なベルトの左へ、鞘に収めたミスリル製の剣を吊り下げて店を出る。
(この辺りは装備を取り扱う店が多いので、武装した冒険者ばかりが歩いているんだな)
教会の周囲や街中では目立つ存在だが、フル装備のアルでも違和感無く溶け込んでいる。
◇◇◇
「ねえ、そこの貴方」
道具屋街へ移動したアルが、シスター・マリアンお奨めの店を探していると不意に声を掛けられた。
「そう、貴方の事よ」
立ち止まって振り向くと、小ぢんまりとした店舗の前で、黒いマントのエルフが手招きしている。
「中でお茶を如何かしら?」
美しい女性だ。
金髪が多いエルフには珍しく、黒にも見える深緑の長髪を、真っ直ぐに伸ばしている。しかしエルフなので、見た目で年齢は分からない。
「ウチは道具屋だから、お探しのアイテムについても相談に乗れるわよ」
人通りが少ないので、他の誰かと間違えているのでは無さそうだ。
「予算は金貨二枚です」
牽制を込めて言っておく。
「……話だけでも聞いて行きなさい」
何故か逆らえない威圧を感じたので、素直に応じる事を選ぶ。
(勧誘商法なのか?)
店舗の様子を監察しながら、彼女の後に着いて中へ入る。
(道具屋でも、特別上級の魔道具屋じゃないか)
様々なアクセサリーや杖などが、狭い店舗内を埋め尽くしていた。
(今の俺には、一番縁遠い処だ)
カウンターに入ってお茶を用意しているエルフの女性を、視界の角に捉えたまま鼻で溜め息をつく。
「迂闊に触らないでね」
彼女が振り向いて言った。
「防犯魔法を掛けてあるから、まる一日は失神するわよ」
アルは慌てて、気を付けの姿勢になる。
「初めまして、私はエマです。ここで道具屋を営んでいるわ」
カウンターにティーカップを配膳すると、エルフの女性は自己紹介した。
「僕はアルタイルと申します。ご覧の通り、新人の冒険者です」
気を付けの姿勢を崩さず、真っ直ぐ前を向いて応える。
「うふふ、宜しくね」
笑顔で椅子を勧めてくれた。
「この数日、街中なのに尋常ではない魔力を感じていたのよ。教会の辺りだったから、またヴィクトリアが悪さをしていると思っていたわ。そうしたら、今日は道具屋街へ近付いて来るじゃあないの」
アルの警戒心を解く為なのか、自ら先にお茶を飲んだ。
「魔王並みのボリュームを、無警戒に振り撒いていたのが貴方だったのよ。その様子だと、全く自覚していないのでしょうけれどね」
事実、アルの装備は戦士の物だった。
「教会のバッグを持っているから、既にマリアンとは出逢っているのでしょう。……もしかして、ヴィクトリアも絡んでいるのかしら?」
エマは怖い顔で睨む。
「僕が知っているのはシスター・マリアンと、もう一人はベテランのノーム・シスターだけです」
隠し事は命取りだと直感した。正直に応えてからお茶を飲んだ。
(美味しい)
緊張していても、味が分かった。
「……あのね、そのノーム・シスターがヴィクトリアなのよ」
まだ睨んでいる。
「でも、どこか不自然だわ」
困惑した表情を見せた。
「それだけの魔力を保有していながら、装備は戦士の物だけだし。こんな美少年を、アイツが只で放置する訳が無いわ」
アルには理解できない理由で、彼女は機嫌を悪くした様だ。
「ねぇ貴方、教会で何をしていたのかしら?」
まだ怖い顔で言った。
「初対面の私に話せる範囲で構わないから、是非とも教えて欲しいわ」
「実は入院していました」
アルは嘘をついても無断だと理解する。
「私は大怪我を負って、意識を失なっていたらしいのです」
全てを伝えなくても、真実だけを話すと決めた。
「そして、どうやら記憶喪失のようで、自分が誰なのか覚えていません」
そう言って、もうひと口お茶を飲む。
「……」
アルの言葉にエマは表情を消した。
「貴方のアクセントや独特のイントネーションからすると、帝国東部の出身なのは確かね」
彼女は静かに話し始める。
「そのバッグ以外に、何か身に着ける物を渡されなかったかしら?」
真っ直ぐにアルを見つめていた。
「シスター・マリアンが繕ってくれた服と、お下がりの靴を貰いました」
そう言ってシャツの袖を摘まむ。
「見せて」
彼女はアルの腕を取り、服へ掌をそっと当てた。
「防刃、耐熱、緩衝、調温、あとは柔軟性を向上させる魔法が付与されているわ」
そのまま暫く眼を閉じていたが、呆れた様な口調で告げる。
「マリアンの仕業ね。あの娘は私と並んで、この帝国でもトップクラスの付与師なのよ」
着替えも合わせて三着貰っていた。
「恐らく靴も同じだと思うわ」
溜め息混じりで呟く。
(シスター・マリアンを<あの娘>呼ばわりかよ。盛大な自爆だが、危険過ぎるぞ)
アルタイル少年は忘れる事にした。
「他には?」
そんな低い声も出せるのか、と驚きながら記憶を辿る。
「この街の市民証が有りました」
胸元を探り、衿からチェーンの付いた金属製の小さな札を取り出す。
「見た目は普通ね」
エマが覗き込む様に近付き、アルを惑わせた。彼女が着けている香水なのか、とても佳い薫りがしたのだ。
「えっ?」
市民証に指を触れた途端に、眼を丸くした。
「何よこれ、強力な結界魔法だわ」
更に顔を近く寄せる。
「アイツめ、また腕を上げやがったな」
言葉使いが変わった。
「これを着けていても、こんなにもまだ魔力が溢れているなんて……」
一瞬、遠い眼をしたエマだったが、瞬く間に気を取り直す。
「確かにヴィクトリアとマリアンのタッグは強力だけれど、私のプライドに賭けても絶対に負けないわよ!」
アルの市民証を握り締めて、エルフの魔女は心に誓ったらしい。
(どうやら厄介な面倒事に、巻き込まれてしまった様だな)
自然と険しい表情になってしまうのを、自覚させられるアルタイル少年であった。
(今の俺を占い師が視たら、恐らく女難の相>が出ていると言うだろう)
「ちょっと待っていなさい。確かあそこへ仕舞っておいた筈なのよ」
アルを独り残して店の奥へと姿を消したエマは、およそ三十分後に戻って来た。
「お待たせ」
心にも無いセリフと共に、自慢気に小さな箱を差し出す。大人びた女性の可愛い仕草に、ちょっとだけ心がときめいてしまった。
(駄目だ。惑わされるな、俺!)
「これは<護りの指環>よ。こうやって指に嵌めるの」
箱に並んでいた細い方の指環を取り出すと、エマは躊躇い無く自分の左手の薬指へ通す。
「はい、どうぞ」
飛び切りの笑顔でもうひとつの指環を摘まみ、思いがけない力強さでアルの左手を掴んだ。
どうやって手袋を外されたのか、分からない間に指環が嵌められていた。
続く