第四十九話:贔屓の工房
(当然だ。彼は近衛兵の聖騎士団から選抜された、取って置きの勇者だからな)
アルが見事に馬を御している事に、その場の全員が驚愕している。
ハリー翁は無表情を装いながら、心の中で熱く呟いた。彼の眼には、ミスリル銀のヘルメットと胸当てが眩しい、凛々しくも若き馬上にある聖騎士の姿が浮かんでいたのだ。
(しかし、辛いぞ)
自分の弟子だったベガの婚約者が、その事を忘れてホビットの娘を恋人にしていた。
誰も悪くは無い。
彼女は小ぢんまりと纏まった、キュートな女性である。小柄で人見知りな処は、アルの好みに合致しているのかも知れない。
それだけに、ハリー翁は辛かった。
(仕方がない。お嬢様に頼もう)
ハリー翁は自分の想い出を護る為に、お節介を焼く決心をしたのである。
◇◇◇
「アルタイル君は牝馬までも、その虜にしてしまうんだな!」
ウェストレイクの街の東門で馬を預け、四人は午後の陽射しを浴びて歩く。サブリナは大声と賑やかなジェスチャーで、行き交う人々の注目を集めていた。アルと手を繋ぐレイラは、隠密歩法で気配を消している。
「ウチの馬は優秀だが、初対面の冒険者には警戒するんだ」
職業柄身に付いた暴力の雰囲気を、馬は敏感に嗅ぎ取ってしまう。アルは舐められる事もなく直ぐに打ち解け、従順な態度で接してもらえた。
「一瞬で馬と意思疎通できるのは、厩舎にでも勤めていたからなのか?」
サブリナの問いにアルは答えられない。
◇◇◇
「楯と胸当てを頼む!」
工房へ入るとサブリナは叫んだ。
「彼に合わせてくれよ!」
レイラと手を繋ぐアルの背中を押す。
煉瓦造りで質実剛健な印象を持つ工房は、建物の大きさに比べて受付が狭かった。入り口から見て右側の壁際には剣と槍が並び、左側には鎧と楯が陳列されている。正面のカウンターは陳列棚になっており、兜や籠手、グリーブやブーツが並んでいた。
「エルフにしては小柄だな。まだ子供なのか?」
無人だったカウンターの奥から、ノッソリと姿を現したのは老ドワーフだ。見事に禿げ上がった頭の周囲に残る髪と、顔の下半分を埋め尽くす長い髭の全てが白髪である。
「新人だな。洞窟専用は初めてだろう」
白くて長い眉毛は、奥まった眼の前へ簾の様に垂れている。
「二人が連れて来たのなら魔法剣士か。ではミスリル製にしよう。念の為に、これ迄に使っていた防具を見せてみろ」
アルが背負っていた籠から、クラッキング・ビートルの革鎧と、壊れた楯を取り出した。革鎧に付いた足形を眺めた老ドワーフは、ギロリとトーマスを睨む。
「よし、分かった」
そう言って、もう一度奥へ引っ込んだ。
「話が早いですね」
アルは戸惑いながらトーマスへ伝える。
「専門だからだよ」
当然の様に答えた。
陽だまりが贔屓にしている工房だけあって、ダークエルフの兄妹もドワーフとの確執を克服している様だ。
いや、エルフ魔女のエマだけが、未だに拘っているだけなのかも知れない。
「待たせたな。これなら直ぐに持ち帰られる」
短時間で戻って来た老ドワーフは、無造作に幾つかの楯と胸当てをカウンターに乗せる。
「初心者用のパックだ。ラウンドシールドとカイトシールドがあるから、好きな方を選べ」
どちらもアルが取り回し易そうな大きさだ。
「では先ず、この胸当てを試してみろ」
渡されたのは微妙な曲面を持つ胸当てだった。
「軽いですね」
受け取った第一印象だ。
「丁度良い具合いです」
レイラに手伝ってもらい、胸当てを着ける。
「裏地の革が馴染みますね」
軽く腕を回し、腰を捻って確かめた。
「肩と腰のベルトで調整できる」
老ドワーフは頷く。
「楯はどちらにするんだ?」
サブリナは待ちきれ無い様に話し掛けた。相変わらず鼻にかかったハスキーボイスである。
「ラウンドシールドにしよう。これが使い慣れているからね」
一応は両方を構えてみてから選んだ。
「ベースは薄い鋼鉄で、外周と前面にミスリル銀を被せてある」
老ドワーフが説明してくれた。
「放射状にカシメてある鋲もミスリル銀だから、魔力が通し易い上に効果的な集中が可能だ」
表面に並ぶ鋲は一辺が二センチの四角錐で、刺々しく十字に列を成している。当たれば突き刺さりそうだ。
彼は職人として魔法剣士の事を熟知しているのだろう。今まで多くのリクエストに答え続けて来た安心感がある。アルは無言で頷いた。
「それでは、ウチに請求書を回しておいてくれ」
チラリと金額を確認しただけで、トーマスは書類へサインする。値引き交渉をしないのは、納得の価格だったのだろう。
思ったよりも短時間で買い物は済み、アルが自分で購入したカートへ荷物を載せる。店を出て二人へ礼を述べると、サブリナは満足そうに頷いた。
「明日は宜しくな! 楽しみにしているぞ!」
彼女はウキウキした足取りで帰って行く。
◇◇◇
「この店だね」
トーマスとサブリナの二人と別れた後、レイラを連れたアルは瀟洒な建物の前に立っていた。途中でカジムの店に寄ったので、もうすぐ午後の鐘が鳴る頃だ。
「入ろう」
躊躇うレイラを促して、アルが先に扉を開ける。幅は普通だが高い扉は、とても静かで滑らかに動いた。重さも感じない程にバランスが優れている。
「いらっしゃいませ」
広い店内の左手に受付があった。吹き抜けになっているエントランスには、数人が疎らに立っておりとても静かだ。
壁沿いに幾つかのマネキンが陳列されており、そのどれもが女性用のドレスを纏っている。派手さは控えめで、品の良いデザインはかりだった。
「初めてのお客様ですね。ようこそ、ソフィアと申します。私がご案内差し上げますので、宜しくお願い致します」
受付台から降りて、優雅に御辞儀する。色白で背の高いの女性だ。金髪を後ろで纏め、深いワインレッドのワンピースは長袖と足首まで隠すロングである。胸元に飾られた水色のブローチが、盛り上がった基礎に乗っている。それは男の視線を誘導する恐ろしい罠だ。
「教会のシスター・マリアンからです」
アルはマリアンの指示通りに、紹介状を受付の店員へ渡た。
「拝見致します」
ソフィアと名乗った店員は、両手を差し出して紹介状を受け取る。二の腕に挟まれて更に盛り上がる様を、ブローチの動きが強調した。レイラはアルの背中へ隠れている。
「……アルタイル様とレイラ様ですね。お待ちしておりました。お話は伺っております。では、此方へどうぞ」
とても滑らかに話すソフィアは、穏やかな笑顔を浮かべて歩き始めた。
「観劇と懇親会に合わせた服装を、と申し使っております。候補を幾つかご用意しておりますので、お気に召した服をお選びください」
歩きながら二人へ説明する。彼女が一つの扉へ近付くと、前に立っていた若い男が静かに開けた。
「どうぞ、お掛けになってお待ちください」
二人掛けだが、ゆったりとしたソファへ案内状される。肘掛けの幅が広い。音もなく紅茶が配膳された。
部屋の奥に有るドアから、四人の男が室内へ入ってくる。皆がアルとよく似た体格で、黒、紺、白、ダークグレーのタキシードを着ていた。
アルとレイラが座るソファの横へ、静かにソフィアが並ぶ。
「お二人は<第一機動隊>に所属なさっている、と伺っております」
穏やかな口調で話始めた。
「カーク様ご夫妻には、常々お世話になっております。つい先日はペネロペ様に、ドレスをお求めいただきました」
冒険者だからと言って粗末に扱う訳ではない、と説明してくれる。
「レイラ様は普段から、身軽なお召し物を好まれているご様子ですね」
アルの左側で固まっていたレイラは、話題が振られてより一層硬直してしまった。
続く




