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第二話:治療院

「そうかい、名前も思い出せないんだね」

 ノーム・シスターは溜め息をついた。


「名無しでは不便だから、取り敢えず<ジョン>とでも呼ぼうかしら」

「止めてあげて。貴女はいつも<ジョン>と<ジャック>に<ジョニー>なんだから」

 ふくよかなシスターは呆れた顔で言う。

 教会が運営する孤児院に保護された子供の名前が分からない場合は、彼女によっていづれかの名前が付けられていた。その為に同名異人が多くて、困っている様子だ。

「せめてリーダー達が戻るまで待ちましょう」


「申し訳ありません」

 ベッドの上で少年は恐縮する。

「時間が経つか、何かキッカケがあれば思い出すかも知れないわ」

 ふくよかなシスターが優しく諭す。

「これは貴方の荷物よ。一つずつ確かめてみれば、何か手掛かりが得られるかもね」

 籠から出して少年へ手渡されたのは、どれも酷く損傷した装備品だ。




「ヘルメットがここまで壊れているから、かなりの衝撃が頭へ加わったと思われます」

「革鎧もこれだけパックリと切れてしまえば、到底修理は望めないわね」

「孤児院に手先が器用な娘が居るの。鎖帷子の修繕を任せても構わないかしら?」

「シャツに挟まっていた鎖は千切れているけれど、この国で市民証のタグに使われているモノですね」

「ベルトと一緒に巻かれていたポーチも、残念だけれど破れて中身が無くなっているわ」

「ズボンのポケットに残っていた硬貨は、全部でこれだけよ」

 銀貨が一枚と銅貨が三枚だった。穴の開いた半金貨も二枚有る。


「楯もここまで見事に割れてしまったら、もう繋げられないわね」

「造りの良さそうな剣ですが、こんな折れ方をするなんて初めて見ました」

 靭性に乏しく硬いが脆かったのだろう、破断面に粘りの跡は無い。

「インナーウェアは私が補修しました。パッチワークが得意だから、まだ暫らくは使えると思います」

「靴は諦めるしかないわ」

「グローブも擦り傷が深いから、次に強い負荷が掛かると裂けてしまいそうです」


「あら、ナイフだけは無事だったみたいよ」

 革製の鞘に納まった小型のナイフは、刃渡り十五センチ程の細いモノだった。

「一般的に流通しているナイフね。残念だけれど、身元確認に繋がる情報は得られなかったわ」

 シスターは二人共に、詮索好きなようである。

 それでも少年の事は分からなかった。



◇◇◇



「意識が戻ったのか、良かったぞ」

 ふくよかなシスターに案内されて来た黒豹獣人の男は、目を覚ました少年を見て喜んだ。

「シスターの魔法で、傷は完治していると分かっていても、ヤッパリ後遺症が心配だったからな」

 日焼けした精悍な顔付きを綻ばせる。

「今日は、あの辺りを探索して来たんだ。幾つか落とし物を回収したから、君の物かどうかを確認してくれ」

 彼の来訪にベッドの上で身体を起こした少年は、感謝の言葉を述べて袋を受け取った。

 赤い夕日が窓から長い影を室内へ伸ばしている。


「君の持ち物以外も混ざっているかも知れないが、この際だから気にしないでおけば良い」

 まだ少し目眩が残る少年は、慎重な手付きで荷物を改めてゆく。

「ありがとうございます。どうもお手数ばかりお掛けして、申し訳ありません」

 再び謝意を伝えると、シーツへ細々した物を広げて行った。


「布の巾着に入っているのは薬草ね。でも押し潰されて汁が染みているわ。残念だけれど、もう棄てるしかないわね」

「金属製のリングに半銀貨と半銅貨を通すのは、帝都を挟んで東の向う側にある習慣だわ」

 ずっと部屋に残っていたノーム・シスターは、興味津々の表情で眺めている。

「これは水筒かしら? 余り見慣れない形状ね」


「あら、これは市民証かも?」

 捻れて半分に千切れているが、金属製のタグと思われる欠片を見付けた。

「この材質なら間違いないわ。さあ文字は読めるかしら?」

 何度も裏返したり上下を入れ換えたりして、どうにか識別しようと試みる。


「恐らく、名前の最初の二文字は<A>と<L>よ。後は分からないわ」

 難しい顔をして、何やらブツブツと呟いた。

「アラン、アレン、アロンソ、アルバート、アルフレッド、でもアレクサンダーなら文字数が合わないわね」

 戸籍を扱う教会勤めのシスターらしく、いろんな名前を考えている様だ。


「どうした、名前が問題なのか?」

 黒豹獣人の男は戸惑った声で尋ねる。

「ああ、リーダーにはまだ、お伝えしていませんでしたね」


「彼は軽度の記憶喪失なの」

「名前が思い出せないのよ」

「それじゃあ<アル>だな」

 決まった。



◇◇◇



「まだ無理をしてはいけません」

 ベッドから降りようとしてふらつき、ふくよかなシスターに窘められる。しかし、杖を借りて何とかトイレに行って用を済ませた。記憶喪失でもトイレの使い方は覚えていたのだ。


(衣類は使い古されているが、とても清潔だな)

 洗浄と浄化の魔法で、メンテナンスされているのだろう。


「夕食はリーダーの差し入れですよ」

 モツ煮込みだった。

「昨日狩ったバファローの心臓と肝臓に、胃袋と小腸と大腸が揃っています。どれもジックリ煮込んで灰汁を取り、ソルトペッパーとガーリックで味付けしました」

 どうやら大怪我をして大量に失血した少年の、回復を促進する効果が高い料理らしい。臭みを取る為のジンジャーも効いている。

「野菜も一緒に食べるのよ」

 茹でたキャベツを敷き詰めたボウルには、周囲に置かれたカリフラワーの中央へ刻んだホウレン草の塊が鎮座していた。ふんだんにオリーブオイルのドレッシングが掛けられており、とても贅沢なサラダである。

 ドリンクはアップルサイダーが添えられていた。


(この夕食代だけで、銀貨一枚はする筈だ)

 ユックリと食事を摂りながら、アルと命名された少年は考えていた。

(しかし、一般的な社会常識は覚えている様だな)

 自分に関する記憶だけが抜け落ちているらしい。

(どうも不可解だ。恣意的に記憶を操られているのかも知れないぞ)

 モツ煮込みを食べつつ、冷静に分析する。本来の彼は、論理的な思考の持ち主である様だ。


(どうやらあの黒豹獣人の男性が、俺を助けてくれたらしい)

 そして実際に治療を施してくれたのは、この教会所属で詮索好きなノーム・シスターである。

(冒険者ギルドのハンターだと言っていたな)

 帝国が統一する前に地域の治安を守っていた武装集団は、正規軍に組み込まれた。しかし、その定員にあぶれて仕官し損ねたヤクザ者達を、自警団の様な組織として纏めたのが<冒険者ギルド>である。民間経営だが、あくまでも帝国軍の下部組織だ。


(人類の脅威として存在する<魔物>を、討伐する業務の一部を軍から委託されているんだったな)

 仕事にあぶれたヤクザ者達を、間接的に上手く制御する仕組みだ。

(俺の持ち物だと言われた内容から推測すると、やはり冒険者だったのかも知れない)

 食事を終えた少年は、深く考え込んでいた。


(ノーム・シスターの診察魔法で診た結果だと、俺の身体年齢は十六歳前後らしいな)

 身長は一メートル七十センチで、体重が五十五キロだ。大怪我により、多少は軽くなっているかも知れない。

(左腕と両足の骨折、顔と胸の切り傷も完治している。シスターの治療魔法は、上級に匹敵するのだろう)

 骨折による違和感や傷痕は、全く残っていなかったのだ。

(怪我をした原因は分からないが、その後の俺は幸運だったな)

 手遅れになる前に救出され、上級の治療魔法を施して貰えた。


(残る問題は治療費だ。支払い不能な程に高額だった場合、最悪は奴隷落ちも有り得るぞ)






続く

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