第十二話:朝帰り
(少し酸っぱいぞ)
朝帰りのアルタイル少年は、早朝の立ち食い屋台で具沢山のスープを買った。様々な肉や野菜が、思い思いの大きさと形に刻まれている。
(元からこんな味付けなのか?)
物は試しだと思って、ボウルの中身を鑑定した。
(……駄目じゃん)
周囲でパクパク食べている男達には気付かれない様に、コッソリと解毒魔法を掛ける。
(指二本分は減ったな)
酸味が薄まった残りのスープを、あまり噛まずに流し込んだ。全ての具材が煮崩れるまでに、ジックリと加熱されていたのは幸いだった。
(午前中は眠っておこう)
彼が幾ら若いと言っても、徹夜で魔力操作を練習し続けた疲労は残っている。
「お帰り」
ワーカーズ・インの受付である狸獣人の婦人は、普段と変わらぬ態度で迎えてくれた。宿泊費を払えば、無用な干渉はしないのだ。
アルは心地好い腰の疲れと共に眠った。
◇◇◇
「よおアル。昨日はありがとう」
ランチの時間に目覚めた彼は、冒険者ギルドのレストランを訪れる。そこには期待通りに、黒豹獣人のカークが居たのだ。
「レイラが喜んでいたぜ」
既に食べ始めていたが、トレイをずらして場所を空けてくれた。
「お土産のフルーツは、デザートに独りで全部食べたそうだ」
結構な量があった筈だが、彼女のお腹は大丈夫だろうか?
「それは良かったです」
アルはスッキリした笑顔で応じる。
「此方こそありがとうございました。彼女の案内で安心してバザールを楽しめました」
余程巧みに避けていたのか、スリの気配も感じさせ無かったのだ。
「今朝もバルカンを見掛けたから、彼に頼むぞ」
食事を終えたアルがカークへ相談すると、二つ返事で引き受けてくれた。
「アルの実力を知っているので、相方には適任だ」
早速席を立ち店を出る。
(決断と行動が速い人だな)
アルは呆れながらも後を着いて行く。
「ところで、また魔法使い達が騒ぐだろうが、気にしないでくれよ」
巡回馬車を降りて門を出た二人は、常人では二分ともたない速さで走り始めた。
「今日は大丈夫だと思います。頑張って魔力操作を練習しましたから」
先日よりも高速で走りながら、アルは平然とした口調で話す。しかし、敢えて首飾りには触れないでおいた。
「そうか。それなら安心だな」
呑気な様子でカークは言う。
「宜しくお願いします」
第一機動隊の基地にある本部で、アルはバルカンに向かって頭を下げる。
「構わんよ。リーダーの頼みではなくても、進んで請け負うぜ」
ブルドッグ獣人のバルカンは、とても獰猛な笑顔で言った。アルの希望で、これから魔物を狩りに行くのだ。
「この際だから、レイラも呼ぶぞ」
優秀な斥候の存在はありがたい。
「……消毒薬、解毒薬、外傷治療薬、体力回復薬、他には水と清潔な布も」
アルにお土産のお礼を伝えたレイラは、短時間で必要な物を揃えた。
「……このリュックは丁度良い、手頃なサイズ」
アルがお土産を入れる為に、バザールで購入したモノだ。
(気に入ってくれたのか。有効活用しているのであれば、それで良い)
真剣な顔で装備を点検しているレイラを、バルカンがニヤニヤしながら見ている。
「……アルタの初陣。全力でレイラが支援する」
そう言って顎の下で両手の拳を握った。
「半日で往復するのであれば、森の入り口までが適当だ」
カークのアドバイスによって行程が決まる。
「レイラは索敵と案内を頼む。バルカンはアルの手に負えない時に支援してやってくれ」
流石はリーダーらしく、的確に指示を出す。
「日没までには戻って来るんだぞ」
真面目な顔で三人を見送った。
◇◇◇
(太陽の大山には魔素溜りが多く、ランダムに発生場所を変える)
一時間かかった森までの道中で、バルカンはこの辺りの情報を教えてくれた。
(麓の森にも魔素溜りは発生し、その魔素は植物の育成を促進する効果が高い)
しかし、魔物を生み出してもいるのだ。
(長年魔素溜りを調査した結果、発生する場所に法則性が無い事が分かった)
まだ人間には制御する術が無い。
(レイラの動きが違うぞ。バザールの人混み以上に滑らかな動きだ)
森に入り先頭に立った彼女は、優秀な斥候である事を証明した。気配を断ち足音を無くす。目の前に見えている筈の彼女を、何度か見失ったのだ。
(見るのではなく、感じろ)
レイラの後ろ姿を注視して、その動作の全てを感じる。自然と自分の動きも釣られた。
ふと立ち止まったレイラは、後ろに居た筈のアルを振り返る。ずっと感じていた気配が無くなったのだ。目が合うと、緊張しながらも穏やかな視線を返してくれる。
その後は、アルから発せられた気配が途切れることがなかった。
そんな繋がりで安心すると共に、厚い信頼を感じて奮い起つ。
(……アルタの事は、レイラに任せる)
心の中で拳を握った。
「ゴブリン、右から五匹」
レイラが小声で鋭く言い放つ。
「距離は二十メートル」
普段の会話とは声が全く違う。
「了解。左右に散ったら任せます」
森の入り口から十分程の場所で、初めて魔物と遭遇したのだ。
アルの胴体と同じ程度の太さをした木々が、まるで壁を作る様に生えている。その間にできた獣道は細く、人が二人は並べない。
(気配は五つ、足音も五つがバラバラだ)
ミスリルの剣を構えたアルは、姿勢を低くして周囲を探る。
(ゴブリンはホビット並に小柄で、痩せた体躯の防御力は低い)
自然と浮かび上がってくる知識は、アルにとって馴染み深く感じられた。
(雑菌まみれの爪や牙に、注意しておけば脅威はないぞ)
例え相手が五匹であっても、一人で個別に対処可能である。
(記憶喪失なのに、冷静で居られるのか)
一本の木を挟んで、左右から同時にゴブリンが飛び出して来た。
左手の楯で防御しつつ、右手の剣で首を跳ねる。
体勢を崩した奴は、躊躇い無く縦に頭を割った。
直ぐ後ろから続いて来た二匹は並べて胴を裂く。
木の裏側へ隠れていた奴を背中から斬り捨てた。
迎撃する態勢だった事もあり、アルは五歩しか移動していない。相手を全滅させたにも関わらず、油断せずに殺気を撒き散らした。
「息も切らさず、大したモノだ」
ブロードソードを構えたバルカンは、手放しでアルを絶賛する。
「返り血を浴びない位置取りでも、無駄なく次の攻撃に移る流れは素晴らしい」
アルは平然と評価を聞きながら、ミスリルの剣に洗浄と浄化を掛けた。跡にはゴブリンの血と脂は残らない。
「……魔石も」
一人で全てを回収してくれたレイラが、血塗れの魔石をアルへと差し出す。アルは黙って魔法を掛けると、彼女の手も含めて綺麗になった。
「……初めての、記念」
そのまま渡そうとしてくる。
「レイラがいち早く察知して、的確に教えてくれたお陰だ」
そう言って彼女へ進呈した。
「……いいの?」
上目遣いではにかむ。
「どうぞ」
アルは笑顔で頷く。
レイラも満面の笑みで答えた。
「しかし、いきなり<ミスリルの剣>かよ。流石にパトロンのレベルが違うな」
戦闘の後始末を終えた三人は、もう少し森の奥へと向かっている。先のセリフは、アルの初陣を評価したバルカンのモノだ。
「……蜘蛛猿は夜行性。ゴブリンが大好物」
レイラが静かに指差した先には、高い樹の上に蜘蛛の巣が密集していた。
「……今日は早く帰る」
今の準備だと蜘蛛猿対策には不十分らしい。
(レイラの口調から推測すると、此処はそれ程危険ではないんだな)
気配を消して着いて行くアルは、まだ彼女が尽くすタイプであると気付いていなかった。
続く




