第一話【日常から非日常】
はじめまして、倉科エコです!
この小説には若者の悩み、喜び、成長にほんの少しのアングラ要素が含まれています。
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ガキの頃の将来の夢なんざ、今となっては鼻で笑えるような夢ばかりだ。本当にその夢を叶えた奴はほんのひと握り。
大抵の奴は社会の荒波に揉まれた大人を見て、現実を幼くして知り、夢なんて持たずに生きていく。
かく言う俺もその一人だ。毎日を目標や夢なんて持たずにただ過ごしていく。それで構わなかった、それ以上の待遇も求めなかった。
だからか――どこかこの人生に退屈を感じていた。
至極平凡な人生に、飽きてしまった自分がいた。
谷川丈助、俺の名前だ。秋葉原の高校に通う普通の高校生。趣味は特に無い、音楽なら少し聞く。住まいは台東区の入谷、両親は眼科を経営している。跡取り息子として育てられたが、縛られるのに嫌気がさしてつっぱねた。
これで俺の紹介は終わり。な?五行で終わる位俺の人生は中身が無いんだ。
あいつのあんな誘いを受けなければ、ずっとこのまま平凡な人生を、いつまでもいつまでも送っていたんだろうな。
【都内 千代田区 某所 平日・朝】
暖かな春の陽射しが、心地好く歩く人々を照らしている。そんなまだ人通りの少ない秋葉原の街を、丈助は通学の為歩いていた。
「おはよう丈助!今日もいい天気だね!」
丈助は力強く肩を叩かれて振り向くと――そこには丈助にとって見慣れた顔がいた。
「なんだよ拓真、朝から騒々しい」
この丈助の前で屈託のない笑顔を浮かべている天然パーマの少年の名前は檜垣拓真。彼自身は丈助の親友を名乗ってはいるが、丈助にとっては学校で顔を付き合わせたら挨拶する程度の存在である。
「まあまあ、そう言わずにさ。はい!これあげる!丈助はコーラが大好きだろう?」
唐突に拓真は手に持つ缶コーラを丈助に持たせる。本当にいきなりだ、そして丈助はコーラはそこまで好きではない。
「なんだ、藪から棒に。まぁ……受け取っておくよ。ありがとう」
怪訝な顔をしながらも丈助はそのまま缶コーラを受け取り礼を述べる。
「おう!気にすんな!あ、今日話があるから。放課後俺の教室でな!じゃあ」
そう言い残し拓真は走って去ってしまう。その様子に丈助は違和感を覚えた。いつもなら拓真はそのまま丈助につきまとい、学校まで着いてきて丈助がクラスに入る寸前までしゃべくり倒す筈なのに。
この違和感に丈助が気付くのは遅くはなかった。
「拓真の奴、コーラで恩売って逃げられなくしたのか……」
バックれる予定だった丈助は、溜息を吐きながらプルタブに指を掛け缶コーラを開けた。
炭酸の弾ける小気味よい音がする。
【都内 千代田区 松永高校 平日・朝】
檜垣拓真と谷川丈助は、幼稚園からの顔馴染みだ。
拓真にとって丈助は、なんでも相談し合える親友、最高のベストフレンドという関係だろう。
お互いの認識に齟齬があるのはそう珍しいことではない。丈助にとっては知り合いで、拓真にとっては親友。そんなちぐはぐな関係が二人なのである。
拓真はいつもより気分が良かった。自分の考えた策が見事にハマったのだ、最高に気分がいい事だろう。
丈助は面倒くさがりだが悪い奴じゃないのだ。手土産に何かを渡せば罪悪感から帰るに帰れなくなる。
拓真は丈助を短期のバイトに誘おうとしていた。
とあるライブハウスのスタッフのバイトだ。縁あって世話になった先輩に誘われ、何人か友達も連れてくるように言われた。その何人かにめでたく丈助も選ばれたのだ。
拓真は教室に入ると丈助の他にバイトに誘おうとしていた友人の前に行く。
「おーっす!ナス、おはよう!」
「………ん?あぁ。おはよう檜垣」
ナスと呼ばれた少年は耳につけていたイヤホンを外して応対する。
那須川流、それが彼の名前である。渾名は那須川だからナス、命名したのは勿論拓真だ、単純明快。
「あのさナス、バイトの話なんだけど、俺の友達も誘うつもりなんだ、大丈夫だよな?」
「あー……別に構わないよ。どんな奴?」
「谷川丈助って隣のクラスにいるだろ?そいつ!」
流はいまいちピンと来なかった。顔と名前が一致しない。そもそもその谷川丈助と流は話したことすらない。
「谷川ってどんな奴だっけ?」
「俺の親友!」
「――いや分かんねぇよ、聞いてるのは特徴だよ、身長とか、顔とか」
「あー……上背はあるな。後は――いつも退屈そうにしてる」
【都内 千代田区 松永高校 平日・午後】
(キーン コーン カーン コーン コーン コーン)
なんとも間の抜けたリズムで終業のチャイムが鳴る、このチャイムが聞けるのも今年いっぱいらしい。なんでもこの学校の方針で、チャイムが無くても時間管理ができる生徒になるようになる為、廃止されるとの事だ。
「……俺はいつまでも変わらねーな」
丈助の口から無意識に言葉が出る、時代の変化と自分を重ねたのだろうか。
自分の教室を出て拓真の待つ教室に移動する。廊下を歩いている途中呆けていた為か、目の前を歩く少女に気づかず、そのままぶつかってしまう。
「痛っ――」
「わ……悪い!大丈夫か」
衝撃で我に返った丈助は、尻もちをついた少女に手を差し伸べる。しかし、少女はその手を払い除ける。
「大丈夫……な訳無いです。きちんと前を向いて歩いてください」
少女は丈助に目も合わせずそう言い放つと早足で歩いていってしまった。
「な……」
まさかそんな事を言われるも思ってなかった丈助は肩を落とし、失意の中そのまま拓真の待つ教室に向かった。
拓真の教室の前に立ち扉を開ける。教室には二人の生徒しか残っていなかった。拓真ともう一人、上背は拓真よりも大きいが細身でなで肩な為、見た目は小柄に見える。
「拓真、用事ってなんだよ」
「丈助!来たのか!来ないと思ってた!」
「帰っていいか。てか、お前一人じゃないのか。えっと……君は……」
丈助は拓真の隣の流の方へ向き、軽くお辞儀する。流も立ち上がり丈助の前に立つ。
「えっと……那須川流です。谷川丈助君……だよね、よろしく。」
二人は初々しく握手を交わすと拓真の方を向き直る。
最初に口を開いたのは丈助だった。
「なあ、用ってなんなんだよ。俺帰りたいんだが」
「拓真……話してないのか?バイトの事。」
「――バイト?」
拓真は丈助にバイトの事を話す――
「――ことわる!」
「えー!何でだよ!」
「大事な用事かと思えばそんな事かよ……いいか、俺はバイトなんて――」
「――谷川君、日給三万円だよ」
流がボソリとそう呟いた。帰ろうとしていた丈助の足が止まる。
「……詳しく。」
丈助を現金な奴と責めないでほしい。男子高校生は金欠なのだ。これは男子高校生と金の、昔からの切っても切れない宿命とも言える。
【都内 豊島区 池袋西口公園 休日・昼 】
かくして三人はバイト先のある池袋に来ていた、最初は流、続いて丈助。そして少し遅れて拓真がやってきた。
「拓真、遅いじゃねーか」
「悪い!腹痛くてさ……」
「まぁ……誰かが遅れる事を見越して早く来たからね。……誰かが」
流が拓真を流し目で見やる、視線に気付いた拓真は舌を出す。
「漫画みてーだな……」
「さあ!行くぞお前ら!善は急げ!」
拓真が走り出す、それを追う丈助と流。彼等はまだ知らない。この先に待ち受ける、彼等の人生を百八十度変えてしまう……ぶっ飛んだ非日常を。
【都内 豊島区 ライブハウス禅 休日・夜】
「――ヤードを張れえええぇぇぇ!!!!!万雷の喝采を届けやがれえええぇぇぇ!!!!!ヨーソロオォォォ!!!!!」
海賊の風貌をしたバンドマンがいきり立ってシャウトをあげる。客席から歓声が起こる。
今池袋で人気になっているヴィジュアル系バンド『カリブの悪魔達』の公演は大盛況である。
「なんだ『カリブの悪魔達』って……」
裏方で丈助は少し呆れ気味にため息を吐く、音楽に詳しくない丈助には余り理解が出来ないコンセプトのバンドだ。
「今池袋で人気なんだよ、海賊達が音楽と出会ってその力で世界中を航海するっていう設定のバンドだよ。ファンはリブ男子、リブ女って言う」
耳栓を付けた流がそう丈助に説明する。流は身体を揺らして音楽にノっているようだ。
確かにこの、バックに流れている何か硬いものが砕けるような小気味よいサウンドエフェクトは癖になりそうだ。
「あー……そう……なのか。流、お前何付けてるんだ?」
「耳栓、俺聴覚過敏だから付けてないとしんどいんだよ。普通に聞こえるから安心して」
「でも、音楽好きなんだろ?」
「あぁ、好きだよ。持病なんてぶっ飛ぶくらいに」
「ふーん……お前自身は何か音楽やってるのか?」
「俺、ドラム叩けるよ。あーあの海賊と変わってみたいな……」
「あの海賊とは変わらなくていいだろ……」
二人が談笑していると拓真が後ろから息を切らして走ってくる。
「おーいお前ら!無駄話してないで照明手伝ってくれよ!大変なんだよこっち!」
「あー…分かった!流、ここで見張り続けてくれ。俺が行く」
「おっけー」
冷めない熱気は更に高まっていく。
「――さあてラストの航海だあぁぁぁ!!!!!俺達悪魔に最後までついてこいよなあぁぁぁぁ!!!!!」
「――きゃあああ!!!ジャックうううう!!!」
【都内 豊島区 某所 休日・夜】
「つか……れたー」
「おつかれー!いやー良かったなライブ!俺全然あの人達知らなかったけど」
「あんまり好きなジャンルじゃなかったけど、良い勉強になったなあ。サウンドエフェクト勝手に録音してきちゃった」
「あのボキボキ流れてた奴か、石でも砕いてるのかね」
「ボキボキってセンス無いなぁ、パキッ……ゴッ!ガガッ!ドゥドゥーン!でしょ」
「そんなんだったけ……センス無くて悪かったな」
「まーまー、二人ともこれを見て落ち着こうぜ?」
拓真がにやつきながら封筒を取り出す。それに合わせて丈助と流も微笑みながら封筒を取り出し始める。
中身はそれぞれ三万円。つまり合計九万円が彼らの手元にある。
「「「フフフフフフフフフフフフフフフフ」」」
三人は不気味な笑い声を上げる。気味悪がらないで欲しい。男子高校生にとってこの額はとてつもない金額、自分が億万長者になれた気分にさせてくれるのだ。
「なあお前ら、これどう使う?」
拓真が二人に尋ねる。
「勿論新しいヘッドホン、高級なの買えるぞ……」
「俺は……そうだなあ。何に使おうか……美味いものでも食おうかな」
三人は路地に差し掛かる。廃ビルが建っており、暗く人通りは皆無だが駅までの近道に便利なのだ。
「いいねいいね!俺はさ――」
拓真がそう言いかけた瞬間だった――
――パァン!!!!!!!!!!!!!!!!!
「――」
それはとてつもなく大きな、破裂音だった。三人のいる上空から聞こえた。
「なっ……」
「うっ……ああああああ!!!」
流が突然叫び声をあげ尻もちを着く、両耳から血がドクドクと流れている。
破裂音の衝撃で鼓膜が破れたのだ。ただでさえ聴覚過敏の流には想像を絶する痛みが襲っているだろう。
「な……ナス!大丈夫か!」
拓真が流に駆け寄り抱きかかえる、流はショックで過呼吸になっている。
ふと丈助は顔を上げた。破裂音の正体はなんなのか興味が湧いた丈助に空からパタパタと水滴が降り注ぐ。
「うわっ……なんだこれ――」
丈助の顔に掛かった水滴を拭い、その手を見た時丈助は凍り付いた。
掌には赤黒い血液が付着している。流の耳から流れたものではない。
この破裂音の正体に丈助は薄々勘付いていた。
銃声だ。誰かが廃ビルで撃たれたのだ。
これが彼等を襲うぶっ飛んだ、恐ろしい非日常の正体、それは彼等の人生に深く根付き、彼等を変えていってしまう。
谷川丈助、檜垣拓真、那須川流の三人の退屈な日常は、今ここに終わりを告げる。