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悪霊  作者: 恵梨奈孝彦
9/11

敗北を認めた者 認めない者

【8場】

取調室。上手にのみスポットライト。光の中に小さめのテーブルがあり、佐藤が客席を向いて座っている。清水が舞台奥を向いて座っている。8場の間に、下手側の7場までの道具を全て撤収する。

佐藤「で、何で殺した?」

清水「殺した? だれを」

佐藤「笹本シンイチと泉ユリエだ。ほかにもいるのか?」

清水「我々は誰も殺していない。笹本と泉の二人は共産主義化に耐えられなかっただけだ。あの二人は職業革命家としての自覚が足りなかった。そこで我々は自己批判を求め、さらに相互批判を行った。それでもあの二人は自分の弱点を総括することができなかった。そこで二人の総括援助を行った。しかしあの二人はそれに耐えることができなかった。あの二人は誰に殺されたわけでもない。『敗北死』だ」

佐藤「それで、何で殺した?」

清水「頭が悪いのか? 我々は誰も殺していない。あの二人は敗北死しただけだ」

佐藤「で、何で殺した?」

清水「あの二人は敗北死だ!」

佐藤「『敗北死』なんて言葉は聞いたことがない。おまえが勝手に作ったのか?」

清水「黒岩さんの作った新概念だ。自己批判を総括し、肉体的にもギリギリのところまで自分を追い詰める。総括を行っている者には苦痛を伴わせるほどにも援助を行う。我々は暴力革命を行わなければならない。毛沢東同志の曰く、『政権は銃口から生まれる』。また曰く、『革命は暴動であり、内乱である』。我々が日本人民を導く『前衛』であるためには、精神的にも肉体的にも強靭でなければならない。そのための訓練の途上で死ぬことは敗北でしかない」

佐藤、内ポケットから写真を一枚取りだして清水に見せる。

清水「…(悲鳴のような声)黒岩さん!」

  暗転。



【9場】

山中。下手にスポットライトが点く。光の中、林が中央で大の字になって寝ている。瀧は下手を向いて座っている。栗田はしゃがんでラジオのツマミを調整している。三人とも銃を手の届くところに置いている。ノイズの後、調整が合う。

アナウンサー「本日午後3時ごろ、紅衛軍の黒岩リュウジと、反安保同盟の清水アカリが山中のアジトで逮捕されました。二人は『軍』と称する暴力的な組織を率いていましたが、捕縛された時は二人だけであり、さしたる抵抗もなくとらえられたということです」

  瀧、振り向く。

瀧 「黒岩さんと…」

  林、起き上がる。

林 「鬼ばばあがやられたか」

瀧 「銃がなかったせいか…」

瀧、栗田を見る。栗田、ラジオを見つめたまま。

林 「とにかくこれで、総括問題はなくなったな…」


【10場】

上手のスポットライトが点く。取調室。8場と同じ。佐藤、泉に写真を見せたまま。

佐藤「敗北死っていうのはこういうのを言うんじゃないか?」

清水「何でこんな…」

佐藤「今朝、窓の鉄格子に引き裂いたシーツをつなげて、首を吊っているのが発見された」

清水「…おまえら! 黒岩さんに何をした!」

佐藤「黒岩はこんなことを書き残している。『急きょ二つのグルーブが合併することになり、自分は反安保同盟のメンバーに格好をつけたかった。多分清水さんにも同じような気持ちがあったと思う。そんなとき自分の部下の小峰が清水さんに批判され、メンツをつぶされたと思った。反安保同盟の面々に紅衛軍の軍規の厳しさを見せたいと思って、小峰に過酷な真似をした。これが全てのつまづきの始まりだった』…」

清水「書かされたんだ! そんなものを信じるか!」

佐藤「で、何で殺した」

清水「くどい! あの二人は共産主義化に耐えられなかっただけだ!」

佐藤「ふざけるな! 零下十五度の屋外に部屋着で放り出されれば死ぬに決まっている。ナントカ主義とか関係あるか!」

清水「おまえに共産主義の何がわかる!」

  上手から田中登場。

田中「代わります。佐藤さん、お食事をどうぞ」

佐藤「おう、ありがとう」

佐藤、上手に退場。田中、佐藤が座っていた椅子に座る。

田中「で、何で殺したんだ」

清水「さっきの奴に聞け」

田中「言え。何で殺した」

清水「我々は誰も殺してない!」

田中「何で殺したんだ」

清水「いい加減にしろ! あの二人は共産主義化に耐えられなかったから死んだんだ!」

田中「小峰は、おまえが『泉に女を捨てさせるためだ』と言っていたと吐いたぞ」

清水「あんな裏切り者を信用するのか」

田中「共産主義と、女を捨てるのと関係があるのか」

清水「何回も言っているだろうが! 共産主義化のためには暴力革命が必要だ。そのためには、心身ともに強靭な兵士が必要だ。だから…」

田中「女を捨てさせるってこういうことか?」

田中、清水に写真を取りだして見せる。清水、口を手でおおって顔をそむける。

清水「うっ…」

田中「確かに、こうなっちまったら男も女もないわな」

  田中、写真を机の上に置く。

田中「おまえは、美人で男たちにチヤホヤされている泉に嫉妬していた。だからまず、泉にベタベタさわっていた小峰を告発した」

清水「あんな男にさわられたい女がいるか」

田中「あんな男にさえさわられなかったことが、おまえの女としてのプライドを強く傷つけた。泉の化粧品をぶちまけたのは、自分が化粧する楽しみなど得られない容貌だからだ。さらに豚汁を作って感謝されていることにも嫉妬した。さらに、『笹本を助けるべきだ』と泉に言われて黒岩が心を動かしかけた時にとうとう我慢できなくなった。だから殺した。次に栗田が標的になったのは、奴が豚汁のことで、泉に対して感謝の気持ちをはっきり表していたからだ」

清水「あんたも可哀想な人だな…」

田中「なんだと!」

清水「『女は男に関心を持たれることを必ず望んでいる』と考えている。男性優位主義の亡霊に取りつかれている。女性蔑視という因習からいつまでも解放されないでいる! そんなものをいつまでも持っているから、男のメンツだの何だのに振り回される。敗戦から何も学んでいない。本当に哀れな奴だ!」

田中「…戦前の日本の男は女を差別していた。しかしそのころの女たちが差別と闘っていたわけじゃない。日本の男たちを打ち倒したのは日本の女たちじゃなくてアメリカの男たちだ」

清水「しかしそれによって『男女平等』をうたった憲法ができた」

田中「立前だけだ」

清水「立前がある以上、実態をそれに近づけようとする者が必ず現れる。もう絶対にもとにはもどらない!」

  間。

清水「あんたがかわいそうなのは、今の時代にそぐわない、『女は男に関心を持たれたがっている』っていう思想に囚われているからだけじゃない! 『女は美しくあるべき』っていう男本位の考えから一歩も出ていないからだ! だから私が『女の嫉妬から同志を殺した』なんていう情けない結論が出る。おまえみたいな男は、これからは徹底的に排斥され、絶滅させられる! 私の行動は全て共産主義の理想と女性解放のためだ!」

  上手から鈴木が笑いながら入ってくる。

鈴木「ははははは…。あっはっはっはっ…」

  鈴木、清水のそばに立つ。

田中「鈴木さん、お食事は…」

鈴木「(田中に)もう食べた。おまえも食べてこい」

田中「自分もすませました」

鈴木「(泉に)なかなか面白い演説だったよ」

清水「反論できないからって、笑ってごまかすな」

鈴木「おまえが女性解放とか言っているのは、世の中の女性全てのためじゃない。『女の美貌に意味はない』とか言っているのはおまえが美貌など持ちようがないからだ」

清水「そういう考えこそが男性優位思想だ」

鈴木「おまえは反安保同盟で紅一点だった。しかしあの三人でおまえを女扱いする奴はいなかった。女がおまえしかいないうちはそれでよかった。しかし合併して女が二人になった。みんなが、元のメンバーの三人さえも泉を女として扱っている。だからおまえは、『小峰に触られて迷惑だ』っていう泉からの相談に、自慢のにおいを嗅ぎ取った。泉自身がどんなつもりだったかはもうわからんがな。縛られている泉の所まで小峰を一緒に来させて、『こいつはウンコをもらしている』と泉に男の前で恥をかかせたのは、女性としての魅力が全くなくなった泉の姿を小峰に見せるためだ。さらに小峰が『もうあんたを女として見ていない』と泉に言うのを盗み聞きして満足した。だから小峰を死体の始末という重労働から解放して買出しに連れて行った。女性解放も反男性主義も、女として全く自信のないおまえの言い訳だ。自分が大事だから自分が属する集団を大事にするフリをしてるだけだ」

清水「そうだとしたら、笹本の総括は何だ!」

田中「黒岩の遺書に書いてあったろう。『軍規が厳しいことを見せてもう一つのグループに見栄を張りたかった』ってな。おまえも、笹本が黒岩を論破したのを見て、自分の部下の躾ができていないと黒岩に思われるのが嫌だった。さらに、自分のような女との共闘を了承してくれた黒岩のメンツを潰した奴が許せなかった」

清水「なるほど…」

  清水、首をまわして田中と鈴木を見る。

清水「わたしを主犯格にするつもりだな。黒岩さんに自殺されて、責任を負わせられなくなったから、わたしを生贄にするつもりか!」

鈴木「結果としてそうなるかもしれんな」

田中「だから、何で殺したんだんだよ!」

清水「共産主義化のためだ!」


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