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悪霊  作者: 恵梨奈孝彦
8/11

ブソウホウキ

【6場】

町。5場の道具の前で芝居する。ただし劇中では別の場所。雑踏の音。スポットライトが点く。上手から黒岩、清水、小峰の順に立っている。黒岩の上手にバスの停留所。三人でバスを待っている。突然小峰が下手にゆっくりと歩き出す。

黒岩「(小峰に)おい、どこへ行く」

小峰「(振り返って)わからないんですか? 脱走するんですよ」

清水「貴様、そんなことができるとでも…」

小峰「できますよ。ここは人里です。大騒ぎすればあんたたちの方が危ない」

清水「権力につかまれば…」

小峰「あんたたちにつかまっているよりはマシです。自首すれば罪も軽くなるだろうし」

黒岩「フン、甘いな」

小峰「少なくともすぐに死ぬことは無いでしょうよ。あんたたちのそばにいれば今日死ぬかもしれない」

清水「おまえ、総括によって革命戦士に生まれ変わったんじゃなかったのか! 泉にそう言ってたじゃないか!」

小峰「やはり聞いていたか。あんたの偏執狂的な性格を見越して、芝居をしておいて良かった」

黒岩「なぜだ! おれたちはおまえのために総括援助を…」

小峰「青春小説の読み過ぎじゃないか? 殴られて感動する奴がいるか! 根に持つのが当たり前だ!」

清水「痴漢みたいなことをしたおまえに総括を求めたのは、いつまでもひそひそ言われるよりは、はっきり表に出したほうがマシだからだったのに…」

小峰「ユリエさんはね、同性のあんたに愚痴を言いたかっただけで表にだしてほしくはなかった。あんたの発言の邪魔をした栗田に『豚汁をあたため直そうか』と言ったり、『笹本を助けてくれ』ってことを黒岩に言ってあんたを無視したりしたのも、あんたへの嫌味だ。あんたはそれを敏感に察知してユリエにしつこくからんだ」

清水「男のくせに殴られて気絶した奴が偉そうに言うんじゃない。泉は気絶しなかった! やっぱり男なんかより女の方が強いんだな!」

  間。

清水「(おかしそうに笑う)フッ、フフ…、アッハッハッハ…」

黒岩「(つられたように笑う)アッ、ハッハッハ…」

小峰「アッ、ハッハッハ…」

  三人で爆笑する。

小峰「あーおかしい。頸動脈を押さえられたならともかく、顔を殴っても腫れるだけだ。腹を殴っても中身が破裂するだけだ。気絶なんかするわきゃねーだろ。あんたほんとに医療系か?」

清水「(無理に笑いながら)まったくこの男は…、女に負けたのが悔しいからって適当なことを…」

小峰「黒岩! 最初におれに『総括』を求めた時、あんたはどこでやめればいいか迷った。おれが気絶したのを落としどころだと思った。おれはあんただけはおれのフリに気付いていると思っていた。しかしあんたは、自分が殴った時におれが気絶したのが気持ち良かったのか、フリじゃないと思うことにした。そこで笹本やユリエの総括の時にも気絶したら止めることにした。『気絶から覚めれば革命戦士になれる』なんていう自分のウソを信じ始めた。しかし二人とも気絶しない。当たり前だ。それを見ておれは、気絶のフリをしていたのを清水に気づかれる前に脱走しようと思った。だけどこんなにあわてなくても良かったみたいだな…」

小峰、下手に歩き始める。急に立ち止まり、上手に歩いて清水に顔を近づけながら言う。

小峰「じゃあな、鬼ばばあ」

清水、小峰に殴りかかろうとする。黒岩、清水を引きとどめる。

黒岩「ここで騒ぎを起こすのはまずい…」

  小峰、楽しそうに下手に退場。

黒岩「どうするか…」

清水「こんなことをしている場合じゃない! 同志たちがやられる! ベースにもどろう!」

清水、上手に向かって走り出す。黒岩も追うように走る。

  暗転


【7場】

山岳ベース。林と瀧、屋内に座ってラジオを聴いている。栗田、立木に縛りつけられている。

アナウンサー「(ラジオより)山中に潜伏していた新左翼、紅衛軍の小峰アツシが、本日正午、赤羽警察署に出頭、自首しました。供述によりますと、暴力左翼である紅衛軍と反安保同盟が山中で合併したということであり、警察は付近の住民に外出を控えるように求めています」

林 「小峰が…」

瀧 「脱走…」

林 「どうする!」

瀧 「すぐにベースを捨てよう」

林 「…黒岩さんと清水さんは」

瀧 「待っている暇はない。暗号で置手紙をしていけばいい」

林 「(上手を見て)……あいつをどうする」

  間。

  瀧、下手の銃をつかんで上手に走る。

林 「(瀧に)何をするつもりだ!」

瀧 「処刑する!」

林 「おまえにそんな権限は…」

瀧 「黒岩さんに全権を委任された!」

  林、下手から銃をつかんで瀧に向ける。

林 「全権じゃない。栗田の総括ができたかの判断だけだ」

林が瀧に銃をむけたまま、二人、屋外に出る。瀧、栗田に銃を向ける。

瀧 「ならベースを捨てる権限もないことになるな」

林 「処刑してどうする。死体を放り出していくのか? 埋める時間なんかないぞ!」

瀧 「こいつを連れて逃げられるのか? 信用できるか。小峰を見ろ!」

林 「総括を迫られた者は信用できないってことか? 総括とか言い出したのはおまえのとこの黒岩だ! 小峰もおまえのとこの奴だろうが!」

瀧 「今さら旧組織のことを言って何になる! おまえだって、泉さんの腹を殴ったじゃねえか!」

栗田「林さん…、瀧さん…、聞いて下さい。おれはまだ総括ができていません。というよりも、総括とは何のことだかよくわかっていません。おれは革命家として当然知っていなければならないことを知らなすぎました。林さんには昔から色々教えてもらいました。ありがとうございました。おれは、総括ができていないからにはここで死ぬしかないのでしょう。だけど! 敗北死はしたくありません! 権力と戦って死にたいんです!」

瀧、うなりながら銃を栗田に向かって構えなおす。栗田をにらむ。撃たない。林、瀧に向けていた銃を下ろす。栗田の下手にまわり、ナイフで栗田の縄を切り始める。瀧、銃を林に向ける。

瀧 「やめろ…。撃つ!」

  林、かまわず栗田の縄を切る。

栗田「林さん…、ありがとうございます! こんなおれのために…」

  林、栗田を平手打ちにする。

林 「甘ったれるな! おまえのためじゃねえ、革命のためだ! おまえは『権力と戦って死ぬ』とか言ったな! 特攻隊じゃねえんだ! 毛沢東同志の世界同時革命のために、生きて戦え!」

栗田「それでもおれはあなたに感謝しています。ありがとうございました」

瀧 「(銃を下ろす)そんなことよりも、撤退するぞ! すぐにでも権力の手先がここに来る!」

林 「おう!」

瀧、林、栗田の順で上手に退場。栗田、上手から登場。屋内まで走り、銃とラジオをつかんで上手まで走って退場。

林 「おいっ、その銃は…」

栗田「おれも戦います!」

瀧 「議論している時間はない。行くぞ!」

  間。

上手から、清水、黒岩が登場。清水、そのまま屋内に走る。黒岩、栗田が縛り付けられていた立木の前で一度立ち止まり、屋内に走る。

清水「(こたつの上を見て)ベースを捨てるって書いてある! 行く先は…」

黒岩「(下手まで走り)銃がない! これじゃあ…」

清水「とにかく、同志を追いけよう!」

上手から、佐藤、田中、鈴木登場。佐藤、歩いて屋内に入る。

佐藤「紅衛軍の黒岩リュウジと、反安保同盟の清水アカリだな」

黒岩、落ちていた棒を拾って佐藤に飛びかかろうとする。佐藤、拳銃を抜いてどんどん下手に進む。黒岩、下手に追いつめられる。佐藤、黒岩の額に銃口を押し当てる。

佐藤「田中、ワッパかけろ」

  田中、黒岩に手錠をかける。

佐藤「鈴木さん!」

鈴木「おうっ!」

  鈴木、清水の二の腕をつかむ。

清水「さわるな!」

鈴木「おまえみたいなキタナイ女に、さわりたがる奴がいるか!」

  鈴木、清水に手錠をかける。

  暗転。




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