政治的に正しくない女
【3場】
笹本を除いた全員、1場の最後と同じ位置に座っている。
泉 「あの、黒岩さん…」
黒岩「(振り返る)どうした」
泉 「そろそろ笹本さんを中に入れた方がいいんじゃないでしょうか」
黒岩「(ホッとしたように)そうだな…」
清水「(表情が硬い)なぜ?」
泉 「あれからけっこう経っているし、外は寒いし…」
清水「それが理由なのか?」
泉 「すみません」
清水「ここは中学校じゃないんだ! 反省しさえすれば許されるなんて思うな!」
泉 「はいっ!」
間。
清水「黙ってないでなんとか言ったらどうだ!」
泉 「はいっ!」
清水「時間が経っているとか、寒いとかそんなことは関係ない! わたしたちは、笹本に罰を与えているんじゃないんだ。総括援助だ! 昨日の黒岩さんの言葉を聞いてなかったのか! 『気絶から覚めた時に本物の革命戦士に生まれ変わる』。わかってるのか!」
泉 「はい!」
清水「へえ、わかってるのか。何をわかってるんだ!」
泉 「今笹本さんを助けることは総括援助の妨害になると…」
清水「具体的に言え!」
泉 「気絶から覚めることが必要なのに、今助けたら…」
清水「『助ける』っておかしいだろ!」
泉 「すみません!」
清水「わからん! 総括しろ!」
泉 「総括します。活動に私情をはさむなど、兵士としての自覚が足りませんでした。これからは、革命戦士として…」
黒岩「そんなものは総括でも何でもない!」
栗田「(林に)まだよくわからないんですけど、『総括』って何なんですか?」
林 「(栗田に)だまれ!」
清水「(泉に)おまえは共産主義とは何だと思っている」
泉 「原始共産制から奴隷制社会、さらに封建社会を経て市民革命が起こり…」
清水「おまえは共産主義を何だと思っている」
泉 「市民社会から暴力革命を経てプロレタリア独裁が達成され…」
清水「もっと本質的なことだ!」
泉、言葉を失う。
清水「なんだ? 黙秘か?」
清水、立ち上がって泉の前からポーチを取り上げ、床にぶちまける。
清水「こんなものを大事に持っていて、何が革命戦士だ!」
泉 「すみません!」
清水「すみません? 何が悪いと思ってるんだ!」
泉 「このようなことに時間とお金をかける余裕があったら、革命家として…」
清水「だから、共産主義の本質とは何だ!」
泉、答えられない。
清水「共産主義の本質は何だ!」
間。
清水「本質は何だ!」
間。
清水「何とか言ったらどうだ!」
間。
清水「こんなことにも答えられなくて、何が革命家だ!」
間。
清水「おまえは昨日、豚汁を作っておわんに注ぎ、一人ひとりの前に置いたな」
泉 「軍の大切な食糧を無駄にして申し訳ありませんでした! わたしがそんなことをしている間にも、ベトナムの美しい水田が…」
清水「おまえはそんなことを考えてない!」
泉 「そんなことはありません!」
清水「化粧なんかして、何が革命だ!」
泉 「はいっ、そんなことをする余裕があったら一円でもカンパを…」
清水「違う!」
間。
清水「なぜおまえが持っていく! 男どもに取りに来させればいいじゃないか!」
間。
泉 「それは、わたしが作ったから…」
清水「だったらなおさらだ! 給仕は女の仕事だとでも思ってるのか!」
泉 「そんなことは考えていません!」
清水「化粧もそうだ! 『おいしい』とか言われて喜んでいるのもそうだ! そんなに男に媚びたいのか!」
泉 「違います!」
清水「共産主義とは誰もが平等な社会だ! 男に尽くすようなマネをする女のどこが革命家だ! しかもさっき、黒岩さんにまで媚びようとしたな!」
泉 「そんな…、そんなつもりじゃ!」
清水「これが敗北主義じゃなくて…」
黒岩「総括援助を行う! 全員立て!」
黙って緊張したやりとりを聞いていた全員、弾かれたように立つ。
黒岩「ただし、顔は殴るな。泉が女だからじゃない。より効果的に気絶させるためだ。やれ!」
瀧 「この、敗北主義者!」
瀧、泉の腹を殴る。続いて小峰が殴る。全員殴る。最後に黒岩が殴る。泉、うずくまる。
泉 「ぐええっ…」
黒岩「もう一度だ!」
小峰「この、精神的ブルジョアジーめ!」
小峰、泉の腹を殴る。続いて瀧が殴る。全員殴る。最後に清水が殴る。泉、うずくまって大きく息をしている。ぜえぜえ言っている。
黒岩「もういい! 瀧と小峰! 泉を外で縛り付けろ!」
瀧と小峰、泉を連れて下手に退場
暗転。