闇
林 「なんのつもりだ…」
瀧 「裏切ったのか?」
栗田「更生したんだよ」
林 「ここを権力に知らせたのはおまえか?」
栗田「ここの電話が生きていたからな」
瀧 「命を助けてもらった恩を忘れたのか?」
栗田「あんたがいつおれの命を助けた。殺すのをやめただけだ」
瀧 「おまえを撃てるのに撃たなかった」
林 「おれは撃つなと言ったぞ!」
栗田「あんたたちはおれを外に縛りつけた。黒岩に命令されたなら、おれが死んでも人のせいにできたからな。だけど自分の判断で撃って、おれが死んだことが自分の責任になるのが嫌だっただけだ」
林 「『革命のために生きろ』と言ったはずだ」
栗田「殴られて喜ぶ趣味はねえよ」
林 「おまえが組織に入ってきてから、色んなことを教えてやった」
栗田「あんたは、自分より知識のない奴を『教育』するのが気持ち良かっただけだ。ポケットに手を入れられる度に、ハラワタが煮えくり返ったぜ。人のモノにさわるなと親に教えられなかったのか、…テッちゃん」
林 「…自分のものは自分のものか。そういう近代的所有概念が大ブルジョアの独占状態を生み出したんだ。おまえのものはおまえのものじゃない。おれのものもおれのものじゃない。全て人民のもの、プロレタリアートのものだ」
瀧 「(栗田に)『前衛』は身心ともに強靱なだけでなく知的能力も高くなければならない。おまえは『学習』しなければならなかったんだ。人民を啓蒙するためには必要なことだ」
林 「『啓蒙』ってなんだかわかるか?」
栗田「そういう態度に腹が立つって言ってるんだ」
林 「わからんのか?」
栗田「わかるぞ。『バカに教えてやる』ってことだろ」
林 「きさま…」
栗田「だったらおれみたいなバカにも教えてくれよ。『総括』って何だったんだ!」
林と瀧、答えられない。栗田、部屋を見回す。
栗田「テレビにステレオ、電気釜にトースター、電気ポット…。生活は目に見えて豊かになっている。共産主義とは平等で豊かな社会のはずだ。それがもう達成されようとしている」
林 「どこが平等だ!」
栗田「共産主義は何でもブルとプロにわけようとする。そんなことができるのか? どちらでもないものなんかいくらでもあるんじゃないか?」
瀧 「プチブルはブルジョアだ」
栗田「日本人のほとんどがプチブルになったとしたら?」
林 「そんなものはまやかしだ」
栗田「日本人すべてがそのまやかしを信じたら?」
林 「おまえみたいに、カンパもせずに自分の財布をふくらませてるような奴なら信じるだろうよ」
栗田「アジトで豚汁を三杯おかわりしているような奴らがプロレタリアか?」
林 「あれは、プチブルの泉が浪費したんだ!」
栗田「小峰が言っていたな。町に下りて買いだしをすればすむ」
瀧 「こちらは二人、おまえは一人だ。おまえが一人撃つ間にこちらも射撃姿勢が取れる」
栗田「なぜまだここに電気が来てるんだろう」
林 「はあ?」
栗田「さっきの外からの『説得』。実は嫌がらせじゃなくて時間稼ぎだとしたら?」
瀧 「何が言いたいんだ!」
栗田「攻撃する前に、権力がテレビを通しておれたちに何か伝えようとしてるんじゃないか?」
アナウンサー「統一紅衛軍のリーダー、黒岩リュウジが東京拘置所で首を吊って死んでいたことが当局の発表によって明らかになりました…」
間。ライトはついたまま。
林 「黒岩さんが!」
栗田「もう、あいつのことなんかどうでもいい」
瀧 「当てが外れたようだな。電気はついたままだ。闇にまぎれるつもりだったのか」
林 「攻撃はまだみたいだな」
瀧 「革命が達成されれば権力者が犯罪者になり、犯罪者が権力者になる。死んだ者も名誉が回復される。だけどおまえは裏切り者のままだ」
栗田「革命なんか起きないよ。だから裏切り者になるのも、あんたたちみたいに虐殺されるのもただの趣味だ」
林 「虐殺だと!」
栗田「警官に射殺されるのは虐殺されることだと言ってたじゃねえか。プロレタリアートは団結しない。自分と家族がまわりよりいい生活ができればいい。『あたしはあの人よりお金がないけど、この人よりはマシ』ってみんなが思う。誰もが上を妬み、下を蔑む。みんながみんなを差別する」
瀧 「自分の不純さを他人に拡大するな」
栗田「あんたたちだって人のことは言えないはずだぜ。林さん、あんたは教育係りとしておれの上に立っていた。差別していた」
林 「おれがおまえをたしなめたのは、命がけでかばうためだ!」
栗田「『総括』については何も言わなかったな。あれはおかしいと誰もが思っていた。あんたが声を上げれば賛同者が出たかもしれないのに! 何が『時の勢いを作る』だ! たった八人のグループでもできなかったじゃねえか! 清水でさえそうだ。男女平等とか大声で言っていたが、ものすごく男に気を使っていた。まあ、黒岩に対してだけだが。最初に黒岩のグループのメンバーを総括にかけた埋め合わせに笹本を差し出した。自分の感情から泉を総括にかけた埋め合わせに、おれを差し出した。黒岩も、死者が出ることまで予想していなかっただろう。総括をやめる最後のきっかけだった。しかし清水は『敗北死』なんていうヘンテコな理屈を支持してアレを続けさせた。清水はおれたちを死の恐怖でしめつけていた」
瀧 「おれは、死を恐れてなんかいない!」
栗田「あんたは総括援助の時、『日和見主義者』だの、『敗北主義者』だのと叫んで殴っていたな。自分はそうじゃないと言いたかったのか? あんたは死ぬ以上に、そう呼ばれることが怖かった。消極的なことを言うのがカッコ悪いからだ。大戦前の軍部と同じだ。しかも総括の理由を自分で判断したわけじゃない。それでも殴らなきゃならないのなら、殴る相手を軽蔑するしかないだろ。だからあんな風に叫んだんだ。総括のときはみんなそうだった。上に従い、下を蔑んだ! みんながみんなを差別した!」
瀧 「黒岩さんは留守の間、おれに全てを任せてくれた!」
栗田「黒岩はね、死人が出て自分がテッペンにいるのが怖くなったんだよ。だからあんたに下駄を預けて逃げたんだ。おれが死んでも死ななくても自分が責任を負わなくてすむからな! 林サン!」
林、栗田をにらむ。
栗田「あんたここまで逃げてる途中、『これで総括問題はなくなるだろう』って言ったな。結局あの二人がやられるまでなくすことができなかったんだ!」
林、うつむく。
栗田「あんな二人の権力にさえ逆らえなかったおれたちが、本物の権力なんかに逆らえるか!」
瀧 「違う! 前衛になるために必要な試練だったんだ!」
林、顔を上げる。
林 「確かに八人のうち二人が死に、一人が脱走、二人が拘置所、一人が裏切った。残ったのは二人だけだ。おれたちはそんなものだった。だけど毛沢東は違う! あの広い中国大陸を共産主義によってまとめあげた。十億人以上いる中国人に圧倒的に支持されている! 世界の人口の五人に一人は共産主義を享受してるんだ! 敗戦によってアメリカに屈した日本にも革命が輸出される。世界同時革命によって、差別し差別されている日本社会を解放してくれる! アメリカ帝国主義と対決して、ベトナムに平和をもたらしてくれる! 差別に苦しむ人も、戦争で苦しむ子供も一人もいない世界が…」
テレビの音声が聞こえてくる。瀧と林がブラウン管を見る。
アナウンサー「アメリカのニクソン大統領が電撃的に訪中しました! 中国の毛沢東国家主席はこれを歓迎し、アメリカと国交を結ぶ考えを明らかにしています」
林、銃を取り落とす。
アナウンサー「山田先生、どうお考えですか」
山田「アメリカは大陸を実効支配している勢力を無視できなくなったのでしょう。ベトナムについて黙過してくれるのなら体制の違いは目をつぶるということでしょうね」
林 「そんな…」
山田「それにしても、日本はアメリカに完全に裏切られた形になりましたね。中国側は、台湾の中華民国との国交を断絶しない限り日本との国交を結ぶことはないでしょうし、国内には中共を国家として認めるべきでないという人が多い。保守派にそういう意見が多いだけに、日本政府は厳しい舵取りを迫られることになるでしょう。敗戦国の悲しさでしょ」
林 「(テレビの音声とかぶる)そんなバカな!」
瀧 「そんなことはいい! 殲滅戦だ! 暴力かくめ…」
テレビの音声が途切れると同時に、フッとライトが消える。
闇。
栗田「電源が落ちたぞ。とうとう始まる…」
閉幕




