第1話 ラーメン屋、失業する
「へいらっしゃい! まずは入口の券売機で食券を買ってくれ!」
金髪のソフトリーゼントが鉢巻の上から突き出している、ヤンキー然とした見た目の店主が声をかけてくる。
VRMMO内とは思えないこの空間の名前は、「ラーメン流星」という。
準和風テイストを売りにしたVRMMO「夕霧オンライン」でその名前を知らない者はいない名店である。
店主である尾白流星の朝は早い。
なにせ現実でもラーメン屋に勤めているからだ。
といっても現実では、チェーン店「海岡屋」の早番の店員に過ぎない。朝5時から海岡屋でスープを仕込み、麺を仕込んだ後は、午前10時の開店以降、ランチタイムの混雑を過ぎるまで厨房を担当し、15時に遅番の店員に引継ぎをして帰宅する。
帰宅後は「夕霧オンライン」にログインし18時から21時までゲームをする。
夕霧オンラインユーザーからは、「ラーメン流星」がオープンしている18時から19時半までが、ゴールデンタイムと呼ばれている。いかにこの時間にログインできるかが、夕霧オンラインの攻略に影響するのだ。
****
さて、話は3か月前にさかのぼる。
鋭い目、細い眉、茶髪のソフトリーゼント、と見た目はヤンキーながら、実態はラーメンに青春の全てを捧げてきた熱血漢、尾白流星。いつか自分の店を持ち、すべての日本人を満足させる至高のラーメンを提供することを目標としている。
そのために、いくつかのラーメン屋を回って修行をしている。
流星の父は、こってり系デカ盛りチャーシューもやしウルトラMAX盛りで有名なラーメン尾白の開祖、尾白悟郎である。
流星は父からラーメン作りの才能を引き継いではいるものの、実家で修行することはなかった。といっても、父と折り合いが悪いなどの深い理由があるわけではない。
単にラーメン性の違いである。
流星は、あっさり派だったのだ。
独り立ちして独自のラーメン道を究めるため、貯金をしつつ様々なラーメン屋で修行をする日々を送る流星だったが、まだまだ先は長い。
そんなある日、現在のバイト先である「ムカ着火ボルケーノ」の店主、日隈喜朗がこう宣言し、流星はあっさり失業した。
「最近、生タピオカってのが流行っているらしいじゃねぇか。ちょっと俺もインド行って狩ってくるわ」
日隈はインドでヨガとラーメンの修行をしたと嘯く自称本格派である。
インドにラーメンはないだろ、と常連は全員思っているが、誰も指摘したことはない。
日隈は名前の通りの熊のような大男であり、人を襲ったヒグマを素手で殺したともっぱらの噂である。共食いかな?
その見た目とエピソードにより、善良な市民たる常連の皆さまは怖くて指摘できないのだ。
ヒグマは山で出会ったら死を覚悟する生き物であり、銃を持っていてもケンカを売ってはいけない。素手で戦って生還したのは、ひとえにインドで究めたとされるヨガのおかげであろう。ヨガすげぇ。
ちなみに、生タピオカというのは、最近食用として人気のある生物である。
成体は最大3メートルほどになる茶色の球状の生物で、血液の代わりにミルクティーが流れているという謎生物である。幼体は数ミリであり、その独特の触感が好まれて近年乱獲されている。インドやオーストラリアに多く生息しているとされる。
ミルクティーに投入されることが多く、ラーメンとは無関係に思える。
流星は聞いた。
「生タピオカってラーメン関係なくないですか」
「あぁ? やべぇ生き物がいたら戦ってみてぇじゃねぇか」
戦闘狂なだけだった。
ヨガを究めたせいだろうか。
ムカ着火ボルケーノは日隈と流星の二人で回している、4席だけの小さなラーメン屋である。インド修行の話はともかく、ラーメンのセンスに惚れて、流星が頼み込んでアルバイトをさせてもらっていた。
日隈がいなくなったら店は閉めるしかない。
仕方なしに、近くでラーメン屋のアルバイト先を探す流星。
タイミングが良いことに、1か月後に世界的なチェーン店「海岡屋」がオープンするらしい。面接をあっさり突破した流星は、オープニングスタッフとして参加することになった。
アルバイトが開始する2週間後までの間、流星は自宅でラーメンの研究をすることにした。海岡屋はとんこつスープがウリである。ただ、借家でとんこつを煮込んだりするのは、大家にも近所にも迷惑である。
何とかならないものか。
ふと、ムカ着火ボルケーノ常連の男性が言っていたことを思いだした。
「ぶふ。最近のVRMMOはすげぇよな、ぶふ、味覚まで再現されてんだもんな。ぶふ」
鼻息荒く語っていた男性の言葉が本当であれば、VRMMOでラーメン屋の修行ができるのではないか。
さっそくインターネットで検索した流星。
「VRMMO ラーメン で検索っと。おっ。『夕霧オンライン。準和風テイストで、最初の街で遭遇するモンスターからのドロップ品が、ラーメンの具材としか思えない。開発者がラーメンに狂っていたに違いない』とあるな」
この出会いが夕霧オンラインユーザーのラーメン観を変えていくことになるとは、この時はまだ誰も知る由もなかった。
夕霧オンラインはもうすぐ3年を迎える、中堅どころのVRMMOである。西洋ファンタジーの作品が多い中、準和風を謳い、一定の人気を博している。純和風ではなく準和風なのは、エルフなどの人気がある西洋風の種族を出しているためらしい。
もうすぐ3年ということもあり、後発組がある程度追いつけるような新規ユーザー向けキャンペーンを実施中だ。
さっそくVR機にゲームをダウンロードし、夕霧オンラインを始めた流星。
まずはキャラクターメイクである。
名前はそのまま、「流星」を採用。
種族選択。エルフやドワーフといった西洋ファンタジー的な種族を選ぶこともできるし、妖狐や小豆洗い、果ては一反木綿といった和風の妖の類を選択することもできる。
流星はラーメンを作りたいだけであり、味覚に影響が出ても困るので、無難に人間を採用した。
冷やし中華なる謎種族も選択肢にあって、若干心惹かれたのは内緒である。
見た目。現実そのままに髪の色を金髪に変更する。
ソフトリーゼントが金髪になり、鋭い目、細い眉、どこからどう見てもヤンキーである。
さて、職業選択である。
準和風をうたっているだけあり、最初の職業には、侍、忍者、手妻師(他のVRMMOで言うと魔法使いなどに相当する)、などがある。
流星の選ぶ職業はもちろん、料理人である。
さらに、全身をスキャンさせ、手のタコなどをキャラクターに反映して、現実の経験をステータスに反映する。この工程は新規ユーザー歓迎キャンペーンの一つであり、後発組が追い付けるよう、現実でなじみがあると思われる技能(他のVRMMOではスキルと呼ばれるもの)を一つプレゼントされるのだ。
一通りのキャラメイクは終わった。さあ、冒険の始まりだ。
料理人の初期装備は、包丁、エプロン、寸胴鍋である。
現在の流星のステータスをご覧いただこう。
------
人物名 流星
性別 男
種族 人間
職業 料理人 Lv. 1 / 20
体力(HP) 10/10
魔力(MP) 10/10
攻撃力 11(+1)
防御力 9(+2)
瞬発力 11
魔法攻撃力 9
魔法防御力 9
技術力 11
装備
頭:なし
武器:包丁(攻撃力+1)
盾:寸胴鍋(防御力+1)
胴:エプロン(防御力+1)
手:なし
足:なし
装身具:なし
技能
包丁格闘術Lv. 1(装備を変更した際は短剣格闘術に変換可能)
寸胴鍋防御術Lv. 1(装備を変更した際は盾防御術に変換可能)
ラーメン作成術 Lv. 3
所持金
5000イェン
----
流星は驚愕した。
「寸胴鍋って盾なのかよ!」
何はともあれ、ここから流星の伝説は始まるのだった。




