第八話 三人以上、四人未満
ヴァンは何も考えずに、一直線に建物の中心へと向かった。文字通りの一直線。迷路の常識を無視して、壁を乗り越え、扉をこじ開け、力ずくだ。当然のように罠を発動させては、ねじ伏せる。自らのHPと引き換えではあるが、ダンジョンの設定レベルが高めなので、貰える経験値も多かった。ウェントゥスの部屋に着く頃には、昔、勇者が使っていたという剣がシード無しで使えるようになっていた。それでもレベル10。この試練を乗り切るには、まだまだ足りない。
「何、考えてんのよ!? 」
ボロボロの状態で辿り着いたヴァンをシエルが慌てて回復した。
「何も考えてねぇよ。考えるのはお前らの仕事だろ? それより見ろよ。この剣、抜けるようになったぜ。これでシード使えば、なんとかなるかもしれねぇだろ? 」
屈託の無い笑顔でヴァンは、そう言った。本当に何も考えてはいないのだろうが、理は通っている。ボスの淘汰に必要なレベルに足りないなら、途中でレベルを上げてくる。ここで回復してくれるシエルが辿り着いていなければ、ただの無茶無謀なのだが。
「後はマリクね。」
当のマリクはといえば、案の定、慎重に歩を進めていた。左手を壁に沿わせ、扉はこちらから開くかを確認し、開くなら解錠方法を模索し、罠には細心の注意を注ぎ、回避可能なものは回避し、起動しなければ先に進めないものだけを作動させ、何が起きるかを事前に想定して消耗を避けた。結果、他の二人より時間は掛かったが着実に中心の部屋へと辿り着いた。ヴァンほど消耗せず、シエルより経験値を稼いだと見るか、ヴァンより経験値を稼げず、シエルより消耗したと見るかは意見の分かれるところではあるが。
「一人、二人、三人… とりあえずは揃ったかな。三者三様、それぞれの手段で一人も欠ける事なく辿り着いた事は、そのレベルとしては褒めてあげてもいいかな。それじゃ、本番といこうか。」
どうやら、彼がウェントゥスなのだろう。立ち上がると、その足元に気流が起きた。やがて、その気流は徐々に三人の足元へと伸びてきた。ヴァンは直感的に飛び退いた。マリクは魔法で気流を避けた。そしてシエルはルクスの力で気流を遠ざけた。
「なるほど、これも三者三様に危険を感じ取ったね。優秀、優秀。なら、これはどうかな? 」
ウェントゥスが右手を挙げると、風の刃が三人に襲い掛かってきた。
「二人とも、下がれっ! 」
ヴァンはガードシードとパワーシードを口に放り込むと、剣を構えた。その後ろでマリクはマジックシードを口に入れるとヴァンの剣に炎を纏わせた。
「うんうん、風に対して火というのは間違ってないぞ。ただ、もっと強い火じゃないと。そんな弱々しい火じゃ吹き消しちゃうぞ? 」
慎重に進んで来た事が裏目に出た。マリクはヴァンより経験値を積んでいない。その為、マジックシードの力を借りてもレベルが足りなかった。
「ルクス、何とかしなさいよっ! 」
「えっ、なになに!? 」
半ば強引にシエルから放たれたルクスがヴァンの剣に纏うと、剣の炎が威力を増した。
「うぉりゃぁ~っ! 」
力任せにヴァンが剣を振り下ろすと、風の刃を蹴散らしてウェントゥスに迫った。
「ん~、ちょっと甘いけど、合格かな。」
ウェントゥスは頭を掻きながら、そう言った。
「ホントですかっ!? 」
シエルは安堵した。正直、駄目元で挑んだ試練ではあったが、攻略の糸口が見えていなかった。
「外で待っててくれるかな。」
三人は妖精に案内されて建物の外へ出て行った。
「ウェントゥス、手間を掛けたね。」
柱の陰から姿を現したのは、三人が最初に出会った青年だった。
「まさか、炎を光で強化するプロミネンスを撃ってくるとは思わなかったよ。炎の精霊フラムマが居たら、本気で危なかった。一人一人はまだまだだけど、あのレベルでここの試練を乗り越えるとは畏れ入ったよ。」
「僕が助っ人する間も無かったしね。」
「ただ、このままじゃ、いつか行き詰まるかもしれないな。まぁ、それもまた試練か。」
ウェントゥスは軽く青年に手を振って出て行った。青年も反対から姿を消した。
「待たせたね。それじゃぁ… 君の体を借りようかな。」
「また俺じゃないのかよぉ。」
ウェントゥスがマリクを指名したのを見てヴァンは項垂れた。
「最後、決めたのって俺だろ? 」
「うぅん、そうなんだけどね。相性ってのがあってね。光の精霊が聖女やシスターと相性がいいように、風の精霊っていうのは魔導師、魔法使いが相性がいいんだ。魔女や魔術師なんかは闇の精霊が相性、いいんだけどね。」
「えぇっ? 私たち、闇の精霊の試練も受けるんでしょ? 魔女とか知り合い居な… 」
居ないと言いかけて、一人、顔が浮かんだ。そして、シエルはそれを打ち消すように頭を振った。
「いい、私たちだけで残りの試練、乗り切るわよっ! 」
マリクの希望を打ち砕くようにシエルはいきり立って出発した。