第六話 偽物以上、本物未満
眼鏡を持たないヴァンとマリクには本物と偽物の外見に区別がつかなかった。
「どうしよう、ヴァン。」
戸惑うマリクがヴァンに聞いた。
「どうしようって言ったって… 。そうだっ! シエル、今日のパンツの色は? 」
「白に決まってるでしょっ! ド変態っ! 」
「教える訳、ないでしょっ! ド変態っ! 」
またもや同時に答えた二人だが、その内容は違った。
「マリク、白パンを撃て。今日のシエルは水色だっ! 」
マリクが偽のシエルを撃つのと同時にヴァンはシエルの平手打ちを喰らっていた。
「なんで知ってるのよっ! 」
「いいじゃん、他人じゃあるまいし。」
二発目の平手打ちがヴァンを襲った。
「兄妹、姉弟でも常識とか礼儀ってもんがあるでしょ!? 」
「だからって、いきなり殴… 」
思わずヴァンの口をマリクが塞いだ。シエルの右手は、今度は平手ではなく拳を握っていてからだ。
「モンスターより恐ぇな。」
「何か言った!? 」
「別にぃ。」
ともかく、偽物退治を済ませた三人は祠の奥へと進んだ。あの野牛・獣兵衛が踏み込まない領域である。もっと大物が待っているに違いない。そう思って奥へと進んだ三人の前には、意外な相手が待っていた。
「母さん!? 」
そこには聖女の装いを纏ったマリアが立っていた。母の姿に歩み寄ろうとするヴァンとマリクの服を引っ張ってシエルが止めた。
「あんたたち、何やってんのよ。たった今まで、偽物と戦ってたんでしよ? 何で、いきなり信じようとするのよっ! 」
「あらあら、さすがシエルね。二人と一緒に行かせて良かったわ。」
「どういう意味? 」
シエルには言われている意味が計りかねた。
「あなたの言うとおり、あたしは偽者。隠す気はないわ。それに本物だったら、三人束になっても勝てっこないでしょ。レベルが10も有れば勝てる筈… と思ったら、まだ一桁? 場合によってはレベルシンクが要るかと思ったけど、全然必要無かったわね。」
偽マリアは、すっかり余裕を見せていた。
「何のつもり? 何が目的? 」
「これは試練。あなた方のご両親も乗り越えた試練。実力を備えても、相手の姿、形に惑わされるようでは魔王には勝てない。本来ならば、レベル10を越えた勇者一行に課すべき試練。レベルも足らず、勇者も居ないパーティーが乗り越えられるかしら? 」
どうやら、ヴァンの言っていた通り、北の祠というワードはフラグだったらしい。問題なのは、勇者が居ない事とレベルが足りない事。勇者の固有スキルが要求されるようなイベントだったら、既に詰んでいる事になる。シエルは、ぼーっとしているヴァンとマリクを引っぱたいた。おそらく同性には効かないタイプの魅了系魔法だろう。二人は目を覚ました。
「三人とも、無事かぁっ!? 」
大声と共に一人の剣士が入ってきた。
「獣兵衛さん!? 」
「あらあら、助っ人? でも、レベルシンク発動で、貴方のステータスもレベル10並み。助けになるかしら? 」
「抜かせ。レベルシンクがレベル10って事はレベル10有りゃ倒せるって事だろ? 」
「パーティーの平均がね。その子たち、全員、一桁よ? 」
「舐めないでよねっ! 」
シエルが偽マリアを睨み付けた。
「私が、こんなぼんくら連れて何も考えてない訳、ないでしょっ! 」
シエルはヴァンとマリクに小さな種を1つずつ渡した。
「ヴァン、あんたのはパワーシード。この戦闘だけ、この間、貰った剣が抜けるはずよ。マリクのはマジックシード。この戦闘だけ、いつもより一段上の攻撃魔法が使えるわ。獣兵衛さん、ヴァンの防御は紙なんで、宜しくお願いします。私は二人の回復に専念します。」
いつの間にか、シエルが場を仕切っていた。マリクは偽マリアが詠唱出来ないように詠唱不要の弱魔法を撃ちまくった。
「天魔袱滅っ! 」
獣兵衛の必殺技が決まった。
「ヴァン、助け… 」
「母さんは、もっと… 美人だぁ~っ! 」
偽マリアの命乞いが言い終わる前にヴァンはトドメを刺した。すると、偽マリアの姿は消え、そこから白い光の塊が宙に浮いた。
「あぁ~、なんかマザコンに負けたみたいでスッキリしない。でも、まぁ、助っ人呼んじゃいけないとか、シード使っちゃいけないなんてルールは無いしねぇ。どんな形であれ、試練に打ち克ったんだから規定通り、力を貸すわ。私は光の精霊ルクス。取り敢えず… 貴女の体がいいかな。今回の試練で、一番しっかりしてたし。」
「うわっ!? 」
ルクスはシエルに吸い込まれていった。
「お、さすが母娘。居心地がマリアそっくり。」
「え? 母さんの中にも居たんですか? 」
「そうよ。魔王と戦う前にパーティー抜けちゃったから、私も離れちゃったけどね。」
「ちっ。またシエルが最初かよ。トドメ刺したの、俺なのにな。」
「嘆くな。相性の合わない相手では精霊は力を発揮出来ない。私はマザコンと相性が悪くてな。」
「誰がマザコンだっ! 」
「私が言った訳じゃないっ! 」
ヴァンが声のした相手に吠えても、シエルの所為ではない。
「あと五つ試練が残ってるからね。次は自分のレベルと相談してから挑むんだよ。」
それだけ言うとルクスはシエルの中で暫しの眠りについた。