第五十三話 終わり以上、始まり未満
「マリア、後は頼んだよ。」
魔核が子供たちの足元に転げ落ちると魔王の体が石化を始めた。
「父さん、早く離れてっ! 」
子供たちの叫びに勇者は首を横に振った。
「父さんたちが離れたら魔核が戻るかもしれないだろ? ありがとうな、最期に父さんと呼んで… 」
勇者は最後まで言い終わる前に石へと化した。
「忌々しい勇者どもめ。だが、この先、貴様等には為す術が無かろう。せいぜい聖女の力で封印するのが関の山。限りある命の貴様等が逝った後に甦り、あらためて世界を支配してやろう。」
『まったく、往生際が悪いようですね。』
そう言いながらマリクから離れたテネブラエが魔核の隣に立った。
『てか、自分の状況、分かってる? 』
シエルから離れたルクスがテネブラエとは反対側に立った。
『分かってないんじゃ、ないですかね。』
ウェントゥスはマリクから離れてルクスの隣に立った。
「きっ、貴様等、何をするつもりだっ!? 」
魔王の魔核は、かつてない不安を覚えていた。
『そんな事は、決まり切っているじゃありませんか? 』
呆れたようにテラがヴァンから出てウェントゥスの対面に立った。
『そうそう。魔王は、これでおしまいよ。』
アクアもシエルから離れるとテネブラエとウェントゥスの間に立った。
『こっちは準備も覚悟も出来てるぜ。おもいっきり粉々に粉砕しちまいな。』
最後にフラムマがヴァンから離れるとルクスとテラの間に立った。
「ゆ、勇者でもない人間にぃ~で、出来ると思っているのかぁ~っ! 」
叫んではみるが魔核の姿では何も出来ない。その溢れ出そうな魔力も今、六大精霊に抑え込まれていた。
「足掻いても無駄よ。魔王のお陰で、どれだけ子育てに苦労したと思ってんの? 母1人子1人どころか母1人子供3人よ、3人っ! 亭主にあっさり負けていれば、こんな苦労しなかったのよ。田舎町でひっそり育てようと思ったら、やれ聖女だの勇者の子供だの騒がれるし、子育て手伝わそうと思って魔王に負けた勇者を蘇生したら潜入してくるとか言って居なくなるし、子供たちはやっと手が掛からなくなったと思ったら魔王退治とか言い出すし。でも、今度こそ終わりよ。魔王と魔核の分離条件は勇者が必須条件だったけど魔核の破壊にはLv100キャラ3体って書いてあったからねっ! 」
「お母さん、聖女なんだから。」
興奮気味に捲し立てるマリアをさすがにシエルが宥めた。
「聖女だって人間なの。あんた達の母親なんだから仕方ないでしょっ! 」
いつもと印象を異にするマリアの姿だったがマリクはヴァンとシエルを見て少し納得した。
「ところで母さん、書いてあったって何? 」
「そりゃ攻… じゃなかった、古文書よ、古文書。古文書と言ったら古文書なのよっ! 」
マリアが何を動揺したのか、子供たちには分からなかった。ただ、ここにはマリアの言うとおりレベル100が3人居る。シエルがルクスの後ろに立つと、ヴァンはテラの背後、マリクはアクアの背後に立った。
『長いようで短いお付き合いでございましたな。』
「そりゃテネブラエがずっとブルハに着いてた所為でしょ? それより本当に魔王だけ復活しなくなって、貴方たちは復活するのよね? 」
シエルの質問にテネブラエは頷いた。
『勿論ですとも。人が自然を壊さなければ、必ず六大精霊は復活いたします。ただ、人の寿命より永き時間を要する為、皆様とは永遠ののお別れとなってしまいますが。』
「それならいいわ。もし子孫にあったら宜しくね。2人とも、やるわよ? 」
ヴァンは剣を。シエルとマリクは杖を振り下ろした。魔核の魔力を抑え込む為に精霊たちと離れている以上、六大精霊の装備は使えない。それでも古文書?に書かれていたとおり、魔核は粉々に粉砕された。
「なんか、ここまできて力業でトドメって納得いかないわね。」
シエルは不服そうに言った。それでも、これで魔王は復活しなくなり平和が訪れるならいいとも思った。
「それでお母さん。また、お父さん、蘇生するんでしょ? レ、レケンス様とか… 」
「ホントっ!? ブルハさんとかも!? 」
シエルとマリアの会話に食い気味にマリクが入ってきた。しかし、マリアは少々浮かない表情をしていた。
「そんな簡単に蘇生出来たら、母さんだって苦労しなかったわよ。便利なアイテムも無いしね。」
「そっか… 」
シエルとマリクは残念そうに項垂れた。魔王を倒した… 正確にはトドメを刺しただけだが… と言っても、まだ3人は子供である。マリアも母親として見かねたのか、仕方ないという感じで首を横に振って溜め息を吐いた。
「しょうがないわねぇ。2人とも転職してらっしゃい。シエルは聖女、マリクは賢者。レベルが100になる頃には蘇生ぐらい出来るようになるから。ヴァンはどうする? 」
戦闘職のヴァンには蘇生を覚えるには道程が他の2人より遠い。
「俺は… 勇者になるっ! 」
「魔王も居ないのに勇者になって、どうすんのよ? 」
ヴァンの返事にシエルが突っ込んだ。
「魔王が居なくたって魔物が居なくなった訳じゃねぇだろ? 俺が皆を守ってやるぜ。」
胸を張るヴァンの姿にシエルとマリクも納得したように小さく頷いた。
「そうと決まったら急ぎなさない。時間が経ちすぎると蘇生は難しくなるから。あんた達が帰ってくるまでに素材は集めておくから。」
「大丈夫よ、お母さん。私たち、レベルはもう100だもん。転職すればすぐでしょ? 」
魔王を倒したばかりだというのに、急き立てるようなマリアにシエルは言ったが、マリアは溜め息を今度は残念そうに吐いた。
「何、言ってるの? 転職したらレベルは1からやり直しよ? 」
「え゛ぇ~っ! 」
マリアに言われて、今、この時、初めてこの事実を知った。しかも、今度は前回勇者一行の助けも六大精霊の助けも得られない。この事実は子供たちには大きかった。
「ウダウダ言ってても、仕方ねぇ。行くぞ、お前らっ! 」
ヴァンが戦闘を切って歩きだした。
「あんた、転職神殿の場所、知ってんの!? 」
慌ててシエルが後を追う。
「お母さん、待っててね。あ、2人とも置いてかないでよぉ~。」
マリクも小走りで2人に追い付いた。
「いつまでも子供だと思ってたけど… 可愛い子には旅をさせろって事かしらね。」
再び旅立つ子供たちの背中をマリアはいつまでも見送っていた。




