第五十話 謎
「やはり、あの時、とどめを刺しておくべきであったな。」
魔王がポツリと呟いた。
「偽者の正体に最初から気づいていらしたのでしょう? いつでも始末出来たのでは、ありませんか? 」
黒マントの男が1人、魔王の横に立っていた。
「人間どもの希望が膨らむだけ膨らんだところで、一気に叩き潰す。それは変わらぬ。ただ、手間が増えたがな。」
「… では少しでも魔王様のお手間を減らす為に、奴らを迎え撃ちたいと存じます。」
「今や、あの子供らでさえ、1人で八套を倒すほど。お前1人で何か策があるのか? 」
「我が魔鏡に映る大人たちのレベルは、それほど変わってはおりません。子供たちとて、実力は短期で上げてきたとはいえ、恐れる程ではありません。では、何故、八套は敗れたのか。」
「謎解きはいい。結論を述べよ。」
魔王は苛立たしげに男を睨み付けた。
「奴らを前回同様、魔王城の地下迷宮に誘い込み、バラバラに分断してしまえば、負けは致しませぬ。各個撃破してみせましょう。」
「… よかろう。上手くゆけばよし。失敗しても予定通り事を進めるだけだ。」
魔王もあてにはしていないという口振りだ。失敗すれば男に帰る場所は無い。魔王と男が話している間に一行は魔王城の地下迷宮の入り口に辿り着いていた。
「おぉ、久しぶりだな。昔と変わってねぇ。」
ヴォルティスが入り口を見上げていた。
「ホントに覚えてるの? 前に来た時は闇雲に突っ込んで行ったじゃない。」
ブルハが脇で呆れていた。
「そうだったか? 」
「まったく、都合の悪い事はしっかり忘れてるじゃない。」
そんなヴォルティスとブルハの様子を笑いながら見ていても、勇者はどこか落ち着かない。それは子供たちも同様である。
「あなたたち親子なんだから、よそよそしくしないの。」
さすがにマリアも間に入った。
「そう言われても… 初めて会った自分の子が、こんなに大きくて、しかも3人って… 」
勇者もどうやって向き合えばいいのか迷っていた。
「身に覚えはあるでしょ? それに比べこんなに大きくなるまで、女手1つで育てさせたんだから、責任とりなさいよね。」
マリアに詰め寄られて勇者もたじたじだ。
「責任… って言っても、もう夫婦だし… 」
「今度こそ魔王を倒して、皆で無事に家に帰って、この子たちが大人になるまで一緒に子育てして、生涯一緒に居るって約束してちょうだい。」
「わ、わかった… 努… 約束する。」
勇者は努力すると言いかけて止めた。マリアにも、それは分かった。相手は魔王である。皆で無事なんて保証は無い。そんな事はマリアも分かっている。他に魔王と戦おうとする者など居ない世界で自分たちが、やらねば世界が終わる事も。それでもマリアは約束して欲しかった。
「無茶な約束させるなぁ。」
見ていたヴォルティスも命懸けの戦いになる事を覚悟している。
「いいのよ。勇者はマリアとの約束は破った事、無いんだから。行くわよ。」
そう言うとブルハは先頭を切って魔王城地下迷宮の入り口に向かった。すると、いきなり9つの入り口に分かれていた。
「なんだこりゃ? 前に来た時はこんな風になってなかったぞ? 」
ヴォルティスは入り口を見渡した。
「あら、さっきは昔と変わってないって言ってなかった? 」
「そ、そりゃ外観だ。」
意地悪そうにブルハに言われてヴォルティスも返す。実際、外観には大差はなかった。8人に対して9つの入り口を用意したと云う事は選ばなかった入り口が正解かもしれない。もしかすると全てが罠の場合もありえる。
「どうすんだ? 」
まだ父と呼ぶには躊躇われるのだろう。ヴァンが勇者に尋ねた。
「ヴァンはどれだと思う? 」
勇者に問われてヴァンは少し考えてから一つの入り口を指差した。
「これかな。なんか、これが一番怪しい気がする。」
「そんな適… 」
「よし、全員で行くぞ。」
シエルが適当なと言う前に勇者がゴーサインを出した。
「ちょっと、お父さんも何、適当に決めてんのっ! 」
どうやらシエルは割り切ったのか、普通に“お父さん”と呼んだ。
「ほら、娘にお父さんって呼ばれたからってニヤニヤしないっ。ちゃんと説明しないと子供たちが納得しないでしょ? 」
マリアに叱られて仕方なく勇者は説明を始めた。
「前に、ここへ来た時。父さんを魔王の部屋に辿り着かせる為に皆が残ってくれた。で、1人魔王の部屋に辿り着いた父さんは負けた。今、思えば魔王軍の作戦にまんまと引っ掛かったんだな。」
すると、いきなりマリアが勇者を下がらせた。
「回りくどいのよ。いい、魔王軍は私たちをバラバラにして、1人ずつ倒そうとしてるの。魔王は1人で倒せる程、甘くないわ。だから全員で一緒に戦って全員で魔王に辿り着くわよ。いいわね? …返事っ! 」
「は、はいっ。」
子供たちは異口同音に返事をした。
「マリア… キツくなった? 」
勇者はこっそりブルハに尋ねたつもりだったがマリアに睨まれた。
「ちゃんと聞こえてるわよ。誰の所為でキツくなったと思っているのかぁ~しぃ~らぁ~? 」
勇者は肩身を狭そうにしながらもヴァンの選んだ入り口へと向かった。




