第五話 砦以上、要塞未満
朝、起きるとシエルは三人分の朝食の支度を始めた。ヴァンもマリクも何を食べさせられるか分かったものではない。ヴァンは何も考えず、毒性も気にせずに肉や茸、野草を出してきそうだ。その点はマリクの方がマシなのだが、魔術材料や昆虫を使ったりする。どちらもシエルの常識外だった。
「あれ? 昨日の肉は? 」
「あの肉質は調理に時間が掛かるから、朝食には無理。」
「じゃあ、蛋白質足りないでしょ? 僕の持ってる幼虫、使う? 」
「豆とチーズと牛乳使ってるから間に合ってます。」
旅先では豊富な食材がある訳ではないので、大体メニューが似通ってくる。
「また同じもの? たまには違う料理が食べたい~。」
「贅沢、言わないでよね。」
そうは言ったものの、シエル自信も似たような食生活に飽き始めていた。
「しょうがないわね。近くに大きめの街があるから、モンスター狩って、経験値稼ぎながら、売り物、集めて食堂探しましょ。」
「おぅっ! 」
こういう時のヴァンの反応は早い。どういう嗅覚なのか知らないが、弱くても稼ぎになるモンスターを次々に狩ってゆく。確かに強いモンスターを狩った方が良いのだろうが、回復に浪費をしては意味が無い。
「こんなもんで、いいか。」
三人で何とか背負えるだけの獲物を獲ると街までやってきた。街を取り囲む外壁が有り、シエルは門番らしき兵士に声を掛けた。
「旅の者です。街に入れて頂けませんか? 」
「駄目だ、駄目だ。今は何人たりと街に入れる訳にはいかぬ。」
「えぇ~。」
ヴァンが項垂れると別の兵士が出てきた。
「子供だけだろ? 入れてやってもいいんじゃないか? 」
「いや、例外を設けては歯止めが効かなくなるというもの。この者共には気の毒だが、入れる訳には参らぬ。」
すると門の中から更に人が現れた。前の兵士よりも、ずっと立派な格好をしていた。
「余が許す。入れてやれ。」
「しかし、獣兵衛様… 」
「その三人は勇者の子息と息女。問題はない。」
「勇者の!? 承知つかまつった。ささ、門の中へ。すぐ閉ざす故、足早にな。」
三人が獣兵衛と共に門をくぐると再び固く閉ざされた。
「えと、ありがとうございました。私たちの事、ご存知なんですか? 」
「そなたたちの父上、母上には世話になり申した。」
「おっさんも父さんのパーティーに居たのか? 」
「これっ! 」
「こらっ! 」
ヴァンの言葉に兵士とシエルが慌てて声を掛けた。
「よいよい。余は獣兵衛。この街にある出城の城主を務めている。」
その名前はヴァンに心当たりがあった。
「火の本の剣豪、野牛と呼ばれた獣兵衛さん!? スッゲェっ! 」
「はっはっはっ、野牛とは懐かしい事を。確かに、そなたらのご両親と出会った頃は、そのような呼ばれ方をしておった。」
「どうして、こんなに厳重に警戒されているのですか? 」
放っておくとヴァンの話しが暴走しかねないと思ったシエルは話題を変えた。
「今、この街は人に化ける魔物に狙われておってな。見破れなかった場合、魔物を街に入れる事になる。そうならぬように一律、街への立ち入りを禁じておったのだ。以前にそなたらの両親と一緒に北の祠に封じ込めたのだが、封印が破られたようでのう。」
「じゃ、俺らが退治してきてやるよ。」
立ち上がったヴァンを見て獣兵衛は首を横に振った。
「せめて、その荷物にある剣が抜けるようになってからでなくては命を落とすだけだ。この街も要塞ほどではないが、並みの砦よりは強固に出来ておる。安心して休息と買い物をされるがよい。」
三人は城には宿泊設備が無いからと、宿屋に案内された。しかし、おとなしく獣兵衛のいう事を聞くようなヴァンではないし、シエルもマリクも、そんなヴァンの性格をよく知っている。
「本当に行くつもり? 」
「当たり前だろ? 北の祠なんてワード、フラグに決まってんじゃん。」
呆れるシエルにヴァンがしれっと答えた。一人で行かせる訳にもいかず、三人で北の祠に向かった。
「危なくなったら、すぐ引き返すわよ。」
「わかった、わかった。」
本当にヴァンが分かっているのか、疑わしい。途中、何匹かのモンスターに襲われはしたが、自分たちと同じレベル程度のやつが単体で現れたので苦労はしなかった。むしろ自分たちのレベルが一つ上がった。そこへ、もう一人のヴァンが現れるとヴァンに斬りかかった。
「マリク、あっちのヴァン、射って。レベル5のままよっ! 」
眼鏡を着けたシエルが叫んだ。
「火の玉っ! 」
すると今度は偽マリクが現れた。
「ヴァン、そっちのマリク斬って。M.B.持ってないっ! 」
当然、次に現れたのは偽シエルだ。
「こいつが偽物よっ! 」
合わせ鏡のように互いに相手を指差した。