第四十九話 時
「さてとクロノア。八套は滅びた。君も観念したらどうだい? 」
レケンスの問い掛けにクロノアが応じる訳もなかった。
「答えが分かりきっているのに無駄な質問だな。」
「一応、気が変わっていたら悪いと思ってね。」
「それこそ、要らぬお世話だな。今度こそ貴様と決着を着けようと思ったんだが、そうもいかなくなっちまった。」
魔王軍の誇る八套もクロノア1人。目の前には前回の勇者パーティーに加え獣兵衛も居る。普通に考えてクロノアに勝ち目は無い。
「そんな、1人でも道連れにしようなんて殊勝なタイプでもなかったろ? 」
勇者の言葉にクロノアが笑いだした。
「あぁ、確かに魔王の為に、そんな事をするつもりは毛頭無い。だが、俺は今の俺の実力を示す為に何人道連れに出来るか楽しみでしかたないのさ。」
「うわっ、面倒臭っ。居るのよね、単純に戦う事を楽しむ奴って。」
「でも、彼のこの性格で相手が強くなるまで待つって判断したお陰で前回、僕は生き延びられたみたいなもんだからね。」
面倒臭がるブルハにレケンスが答えた。
「んじゃ、おもいっきり、その判断を後悔させてあげましょ。」
ブルハが構えると同時に双方全員が身構えた。やはり回復役のマリアを中心に前衛を勇者とヴォルティス、後衛に遠距離攻撃の出来るレケンスとブルハが後衛だ。獣兵衛は剣術と召喚を状況に合わせられるよう1.5列目といったところか。クロノアも1人でなければ挟み撃ちにして防御力の低い後衛を狙ったり回復役のマリアを先に集中攻撃するなど、打つ手はあった。獣兵衛の召喚獣も一匹は確認した。だが獣兵衛同様に前回居なかったマリアの回復術はいまだに未知数。迂闊にMPを消耗させようと攻撃しても自分が削る量よりもマリアの回復量が上回り、MPがそれで尽きなければジリ貧である。クロノアは1つの決断をした。全力の全体攻撃。相手が相手である。出し惜しみをしている余裕は無い。全滅させられればよし。マリアだけでも倒せれば勝負に持ち込めるかもしれない。
「聖光っ! 」
緊張の糸は唐突に断たれた。それも回復力を警戒していた聖女の攻撃によって。それは純粋なる光魔法。
「グフォッ… な… なんだと? 」
一瞬、クロノアにも何が起きたのか理解出来なかった。
「私は男たちの能力比べなんて興味はないの。子供たちを守りたい。幸い、あれやこれや勝手に悩んでくれたお陰で詠唱時間もあったから。でも、ルクスが居ないと威力、落ちるわね。」
「あんた、聖女なのに容赦無いわね? 」
顔色一つ変えないマリアにブルハが呆れて言った。
「だって子供の命より大事なものなんて私には無いもの。」
「と… とんだ聖女様だな。相手の善悪には関係無いのか? 」
「そうでもないさ。マリアの聖光は悪しき魔物しか効果が無いからね。」
クロノアの声に勇者が答えた。
「よ、余裕だな。」
「まぁ、ダメージ受けたって事は人間の姿はしていても悪しき魔物って事だからね。本気で行くよ。」
「ま、まるで今まで本気じゃなかったような口振りだな。手の内、晒した貴様等の技なんて通用しないんだよ。今の一撃で倒せなかった事をあの世で後悔するんだなっ! 時よ戻… 」
何かをしようとして動きを止めたクロノアには顔色が無かった。
「クロノア、時は戻らない。」
「バカな… この能力は前の戦いでも、エニグマとしての貴様にも見せたことは無い筈だ… 」
「確かに見たことは無いけどね。前に眼鏡でクロノアを見たレケンスが言っていたんだ。あの戦い方に対してMPの容量が大きすぎるって。だから、エニグマとして魔王軍に潜り込んだ時に色々と調べさせて貰った。だから、もう通用しない。」
「そ、そうか… 確かに貴様等は俺の思った通り強くなった… だが、ここまで圧倒される筈は無かった… 貴様は既に死んだと思って、その未来を見ておかなかったのが敗因か。だが俺の時のピリオドは俺が打つ。あばよっ! 」
クロノアの体は大爆発を起こした。しかし勇者たちを爆風すら襲うことは無かった。
「どうやら、無事に試練を乗り越えたみたいだな。さすが俺の子だ。」
「私たちの、でしょ。」
大地の盾の向こうから走ってくる子供たちを見つめる勇者と聖女の姿にブルハは半ば呆れていた。
「まったく、二人揃って親バカなんだから。」
「いいだろ、親バカなんて親の特権みたいなもんなんだから。痛っ。」
マリアが勇者の耳をつねっていた。
「そういうのは親らしい事をしてやってから言ってくださいね。」
「母さんに近づくなっ! 」
ヴァンが叫んだ。黒づくめの八套の格好でマリアにつねられている様子が敵に見えた。
「いいのよ、貴方たちのお父さんなんだから。」
子供たちには直ぐに理解出来なかった。
「新しいお父さん? お母さん再婚するの!? 」
「違う違う。この人が最初から皆のお父さん。」
マリアの言葉を理解してシエルが眼を丸くした。
「えっ、俺たちの父さんって勇者じゃなかったのか!? 」
ヴァンのいつも通りの天然にシエルの張り手が頭を叩いた。
「そんな訳、ないでしょっ! 」
やっと状況をヴァンも理解した。ただ、感動の再会ではない。初めましてだ。どちらも、どう接したものか迷っていた。




