第四十八話 滅
「面白くないな。急襲した筈が待ち伏せられているたぁな。」
クロノアの言うとおり、マリアたちは陣形を敷いて待っていた。
「なぁに、人数では有利なんだ。負けはしない。」
ネブルスの言葉にクロノアは首を横に振った。
「そろそろ、いい加減にしないか? 後ろに気ぃ使いながら戦うってのは面倒なんでな。」
クロノアの視線はエニグマに向けられていた。それを見ていたマリアが呆れていた。
「あなた。やっぱりバレてますって。」
ざわついたのは八套の他の三人だけだった。
「お前ら、あのヴォルティスでさえ気づいてんだぞ!? 」
クロノアは三人に向かって呆れていた。
「なんだ、そのヴォルティスでさえってのは!? 」
憤るヴォルティスをレケンスが制した。
「いや、僕たちもアグニスを倒した後で女性陣から聞いたから似たようなものだよ。」
「そうか… ってなるかっ! こっちは獅子身中の虫を抱えてたんだぞ!? 」
ようやく、八套の三人も事の次第を理解した。
「上手く潜り込んだつもりだったんだけどな。」
先ほどまでエニグマと名乗っていた男は頭を掻いていた。
「泳がされていただけでしょ? そもそも正直者で人も騙せないあなたが魔王を騙すなんて出来るわけ、無いでしょ? 」
マリアの言葉にブルハとレケンスが深く頷いた。
「はぁ… まぁ、いいや。ここで、この4人を倒せば子供たちの邪魔をする者は居なくなるからね。」
「言ってくれるな、勇者エスペランサ。」
「へぇ。俺の名前、覚えてたんだ? ひょっとして俺のファン? 」
軽口を叩く勇者にクロノアは不満そうな表情を浮かべた。
「そういう処も変わってないな、クロノア。」
「馴れ馴れしく呼ぶんじゃねぇっ! 」
「なんだ、てっきりファンだから、魔王の間から助けてくれたのかと思ったよ。」
勇者の言葉に敵味方関係なくざわついた。
「言った筈だ、時間をやるからもう少し強くなって来いと。弱い相手を倒しても面白くない、もう少し強くなってから潰した方が絶望しやすいだろうと。」
「なるほど、クロノアらしい理屈だね。」
レケンスが口を開いた。
「けど、あの時の勇者は既に君より強かった。だから君は勇者に強くなる時間を与えたのではなく、自分が勇者よりも強くなる時間が欲しかったのだろ? 」
「あの時、俺に敗れた貴様に言われたくはないっ! 今も大精霊の加護無き貴様らに勝ち目があると思うなっ! 」
「そうか。本当の事を言われるのが嫌なんだね。でも、1つだけ。今でも君は僕たちの希望には届かない。」
レケンスの言葉にクロノアが飛び出した。グラウド、ネブルス、ダーデスの3人も後に続いた。その瞬間、勇者が爆焔撃を放った。最初から、こんな大技が決まるわけはない。だが、八套の4人を分断するには充分だった。
「あらダーデス。外れクジみたいね。」
分断されたダーデスの目の前にはブルハが居た。ダーデスは前回、ブルハと対峙した時に気づいていた。ブルハが再び闇の大精霊テネブラエを宿している事に。油断は出来ぬと身構えた瞬間、背後に勇者の気配を感じて振り返った。その隙をブルハも逃さなかった。
『暗き闇より黒き物。』
「黒き闇より暗き者。」
『闇より来たりて闇へと帰れ。』
「地獄の門っ! 」
二人の呪文が一つとなって闇の中から現れた門はダーデスを吸い込むと、再び闇の中へと消えていった。
「ダーデスっ!? 」
『氷の息吹きっ! 』
ダーデスに一瞬、気を取られたネブルスを氷の精霊フローゼが凍結させた。
「ヴォルティスっ! 」
勇者はヴォルティスに大剣の柄を放り投げた。ヴォルティスがその柄を掴むと炎が吹き出して真っ赤な大剣となった。
「こいつは? 」
「魔王の城で拾ったんだ。アグニスとやりあった時に戦斧、壊れただろ。やるよ。」
「お前に剣を貰うのは2度目だな。そういう事なら遠慮なく使わせて貰うっ! 」
ヴォルティスが全力で真っ赤な大剣を振り下ろすとネブルスの体は粉々に砕けて、その破片は気化して消えていった。
「凄いな。この大剣、刃こぼれ1つしてないぞ! 」
刃そのものが炎で出来ているのだから刃こぼれなど、する筈もない。
『そろそろ諦めませんか? 』
「フローゼ、無駄よ。」
フローゼも判ってはいたのだろう。マリアに言われて直ぐに退いた。
「また俺の前立つか? 余程、俺に殺されたいらしいな? 」
マリアを対峙したグラウドが睨み付けた。
「やっぱり相も変わらず、いけ好かない奴よのう。」
グラウドの背後から以前にも聞いたような台詞が聞こえてきた。
「来たか… 野牛・獣兵衛。懲りずに邪魔をするつもりか? その右目はどうした? 」
「貴様ら八套を倒す力を手に入れるには安い代償だったかもしれんな。」
「ほう。一対一でジュラスが敗れるとは思えなかったが。どうやら、からくりが在るようだな? 」
獣兵衛は陣の内縛印を結んだ。
「グラスっ!」
『なるほど。では私も。氷の息吹きっ! 』
獣兵衛が右目から飛び出したのも氷の召喚獣。フローゼとグラスの合わせた凍気は一瞬にしてグラウドを凍結させ分子結合もままならず砂のように崩れていった。




