第四十六話 獣
「うっ… うぅ… 。」
獣兵衛はうなされながら目を覚ました。辺りを見回すが何かがおかしい。それが視野と遠近感である事を認識するのに、そう時間は掛からなかった。疼く右目に手を当てると眼帯がされていた。
「目を覚ましたか、獣兵衛。」
「そのお声はブレン殿っ! 子供たちは? 子供たちはどうされた!? 」
獣兵衛は自分の事よりも、まず子供たちの事を尋ねた。
「安心せい。そう心配せずとも、無事に試練を三人揃って乗り越えおったわ。」
「そうですか。良かった。」
獣兵衛は我が事のように 安堵していた。
「それより問題はお前さんだ。」
「拙… 者… ですか? 」
思わず獣兵衛は聞き返した。
「あのシエルという娘は一人で八套のトルトニスを倒した。其れに引き替え、お前さんは八套に敗れてここに居る。」
「シエルが八套を… また拙者はお荷物でござるな。」
「それも困る。」
「困る? マリア殿を始めとする前回の面々に試練の塔を乗り越えた子供たちが居れば拙者など… 」
「前回もそうだが、見極めがよいと言えば聞こえがよいが、悪く言えば諦めが早い。勇者は諦めなかった。ヴァンは諦める事を知らない。」
「そこが皆と拙者の… 」
「馬鹿者っ! 」
ブレンの怒声が響いた。
「それが野牛と恐れられた男の姿か? お前さんに、その右目を与えたのは間違いだったかもしれんな。」
語気荒めに憤るブレンの声にさすがの獣兵衛も気圧された。
「右目… そう、拙者の右目はどうしたのでござるか!? 」
ようやく我を取り戻した獣兵衛が尋ねた。
「八套に敗れ、谷底に転落したお前さんは、その右目を失った。それを見つけた儂は獣の装備をお前さんに与えた。」
「獣の… 装備? 」
「そうじゃ。子供たちの手に入れた大精霊の装備やトルトニスの雷の装備ほどではないが強力な装備じゃ。」
獣兵衛も自分の事ながらピンとはきていない様子であった。
「いったい、獣の装備とは… ? 」
「言うなれば召喚石じゃ。」
「召喚… 石ですか? 」
剣士でもある自分に何故、召喚石なのだろうと獣兵衛は思っていた。
「単純な話じゃ。もはや子供たちよりも実力不足となってしまったお前さんの戦力を召喚獣で補おうというのじゃ。」
確かにシエルが一人で八套を倒したとなれば実力不足と言われても致し方ない。だが、ならば尚更自分が必要なのか疑問に思えた。
「拙者など加わっても蛇足になりはもうさぬか? 」
「今回ばかりは蛇足であろうが猫の手であろうが、少しでも戦力が必要なのだ。その為に獣の装備を与えたのだ。」
獣兵衛は脳筋と呼ばれる部類ではないが、ブレンの言葉の趣旨を捉えあぐねていた。
「それは魔王が手強いのでござるか? それとも魔王軍の手勢が多いのでござろうか? 」
「簡単に言えば三度目はない、という事じゃ。既に人間は一度、魔王に勇者が破れている。再び敗れるような事があれば、世界は魔界と化し人の生きられる場所ではなくなる。あの子供たちに経験を積ませながらも魔王との直接対決まで、魔力体力も温存させる。その為には、お主のような存在が余計な戦闘を引き受けねば勝てるものも勝てぬ。」
ようやく獣兵衛にも合点がいった。
「なるほど、露払いでござるか。そのくらいであれば拙者にも勤まりましょう。微力ながら、この獣兵衛。尽力させていただく。ところで、この右目の使い方を御伝授頂けぬか? 」
「簡単じゃ。九字護身法の印を結び聖獣の名を呼ぶ。大精霊ほどの強さは無いからな。属性相性は、より留意せねばならん。故に六大を越える九聖獣を宿してある。印の臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前の順にサラマンダー、オンディーヌ、シルフェ、ノーム、ボルト、グラス、ライト、シャドウ、ルーツがそれぞれ、火、水、風、地、雷、氷、光、影、無を司り配当してある。ちなみに印と配当した聖獣の関連性は無いから考えんでも良い。」
おそらく召喚石の力を引き出すのに獣兵衛が九字護身法の印を結べる事を前提として詠唱を印に置き換えた配慮なのだろう。召喚士でもない獣兵衛にいきなり使わせるのだ。そのくらいの配慮は必要だろう。その強弱関係は氷は火に弱い。火は水に弱い。水は雷に弱い。雷は地に弱い。地は氷に弱い。光と影は相互関係。風は全てに強く、全てに弱い。無は全てに強くも弱くもない。これをしかと頭の中に入れて子供たちの力となってやるのだぞ。」
「ブレン殿は? 」
「試練の塔が攻略されたからの。儂は暫しの眠りに着く。子供たちが勝てば目覚める必要もないし、敗れれば誰も生き残るまい。どのみち、二度と会う事はなかろう。願わくば人の勝利した世が来る事を祈っておるぞ。」
そう言い残してブレンの気配は消えた。
「見つけたぞ、獣兵衛っ! 」
「しつこい奴だな。」
それは獣兵衛を谷底に追い落とした黒マントの男だった。ブレンの言葉通りなら八套は荷が重いのかもしれない。だが、獣兵衛からすれば今の実力を測るには格好の相手であった。
「… 右目だけで済んだか。次は痛まぬよう、とどめを刺してやるからなっ! 」
黒マントの男はゆっくりと大剣を両手で構えた。




