第三十七話 アグニスとの決着
フローゼとレケンスが遅らせているとはいえ、ブルハとテネブラエの地獄の門が破られるのは時間の問題に思えた。ヴォルティスにも、それは分かっている。数度の激突でヴォルティスの戦斧とアグニスのハンマーが同時に砕け散った。すると二人は判で押したように同時に拳を繰り出した。
「なんか既視感」
ブルハもここまでは、前回魔王の城の中で見ていた。ただ、この後がどうなったのかまでは知らない。
「魔力が使えなくとも、やるじゃないかアグニス。また逃げ出すかと思ったぞ。」
「貴様こそ、フラムマなしで粘るじゃねぇか。だが今回は見逃してやらねぇからなっ! 」
つまりブルハたちが先に行った後、アグニスが退いた事で決着が着いていない。ただ、それをヴォルティスはアグニスが逃げたと言い、アグニスはヴォルティスを見逃してやったと言っていた。
「今度こそ決着を着けるぞ。」
「望むところだ。」
二人の拳の激突が幾度となく続いた。
「ねぇ、まだなの? 」
ブルハもだいぶキツくなってきていた。とはいえヴォルティスとアグニスの現状は五分と五分。かといってレケンスが援護に回れば地獄の門がもたないだろう。膠着状態が続けば、いつバーニング・エクスプロードに圧しきられるか分からない。だが、その緊張の糸は突然、切られた。一閃の刃が地獄の門ごとバーニング・エクスプロードを切り裂き消失させた。驚いたのはアグニスだ。
「貴様、エニグマ? ・・・魔王の命で城に残ったはず。何故、ここに居る!? 」
「少し外の空気を吸おうと思ってな。そうしたら、苦戦してる奴が居たんで助けてやったまでだ。これで魔力が使えるだろ? 」
確かにアグニスはバーニング・エクスプロードに魔力を注ぐ必要はなくなった。だが、既に注ぎ込んだ魔力が返ってきた訳ではない。その上でブルハやレケンスたちも相手にしなければならない。それでもアグニスはエニグマに助けては乞わない。むしろ逆であった。
「こいつらは後回しだ。最初から気にくわなかったんだよ。この場で始末してやるよ。」
「その魔力も尽きたボロボロの体で八套同士の戦いに勝てると思っているのか? 」
「勝てる勝てないじゃねぇ。気に入らないからブッ潰す。ただ、それだけだ。」
「魔王軍らしい答えだ。ハンマー無しで潰せるものなら潰してみるがいい。」
この状況でヴォルティスとしても手を出すのは得策ではない。今のうちにアグニスと殴りあった傷をマリアに治癒してもらう。それでも、この場に留まっているのはブルハの疲弊が激しいからだ。ヴォルティスのように外傷であれば治癒魔法で何とかなるが魔力回復はそうもいかない。
「これで残った方と戦うの? ちょっと無理じゃない? 逃げた方がいいわよ。」
まだ動けそうにないブルハが覚悟を決めたように言った。
「心配は要らないわよ。ゆっくり休んで。」
声を掛けたのはマリアだった。
「あんた、いくら聖女でもねぇ… でぇぇぇぇっ!? ま、まさかよねぇ!? 」
急に驚きの声を上げたブルハに向かってマリアは微笑みながら軽く2、3度頷いた。ヴォルティスもレケンスも二人のやり取りに気づいてはいなかった。その間もアグニスとエニグマは対峙していた。幾度となくアグニスは拳擊を繰り出すがエニグマは難なく躱していく。徐々にアグニスも息が切れてきた。
「避けてばっかりじゃ勝負にならねぇだろうがっ! 」
「本当にその体で勝負するつもりか? 」
「ちっ… こうなりゃ、後の事なんてどうでもいいっ! 貴様をブッ潰せりゃ、それでいいっ! 」
「… ちょっと行き過ぎだな。そこまで行くと魔王の意思に応えていない。」
「うるせぇっ! インナー・エクスプロードっ! 」
アグニスの体が赤く染まり、やがて発火した。
「なるほど。本気だって事はよくわかった。なら俺も本気で相手をしてやるよ。」
エニグマは剣を逆手に持ち変えた。その構えを見てヴォルティスが首を捻った。
「レケンス… なんか見覚えないか? 」
「僕も思ったよ。けど、まさかね。」
アグニスは炎の塊となってエニグマに突進した。エニグマが剣を一閃すると炎塊は跡形もなく霧散した。バーニング・エクスプロードを消し去ったエニグマからすれば、当たり前の結果だったかもしれない。そのエニグマに対してヴォルティスだけが身構えていた。
「皆、油断するなっ! アグニス以上に強いぞっ! 」
その様子を見てブルハはマリアに尋ねた。
「どうする? 」
「まだ、このままの方が都合がいいから。」
「まぁ、あんたがいいなら、いいけど。」
するとマリアはエニグマに近づいていった。
「おい、マリアっ! 」
本気で止めようとするヴォルティスをレケンスとブルハが抑えた。そしてマリアはいきなりエニグマに平手打ちをかました。
「あぁスッキリした。色々言い分はあるんでしょうけど、子育てとか出てくるタイミングとか、あれやこれや、言いたい事はあるけど… 今はこれで我慢してあげます。」
マリアは踵を返すとエニグマに背を向けて戻ってきた。エニグマも背を向けて頬を擦りながら去っていった。




