第三十五話 魔王の使徒・八套
「ようやく、傷も癒えてきた。大精霊の加護があったとはいえ、よもや人間如きに、ここまでの傷を負わされるとはな。」
自戒気味に、自嘲するように魔王は呟いた。
「全員、揃ったか? 」
魔王の声に応えるように8人の黒マントの男たちが姿を現した。
「クロノア参上っと。」
「グラウド、ここに。」
「ネブルス、控えております。」
「ダーデス推参。」
「アグニス登場っ! 」
「トニトルス見参。」
「ジュラス参りました。」
「エニグマ罷り越しました。」
自然とエニグマに注目が集まった。互いに干渉はしないとはいえ、面識はほぼ無いに等しい。一度会っているダーデスとて、エニグマについて知っている事はない。敢えて言うなら気に入らない奴、と云うくらいだ。
「我らを集めたと云うことは、再び人間界への進軍を開始なされると云うことでしょうか? 」
そんな集まった視線を気にする事もなくエニグマは魔王に問いかけた。
「いや。奴らさえ居なくなれば人間を滅ぼすなど容易い。なまじ希望などと云う物があると人間は諦めが悪いからな。人間共から希望を奪うのだ。『勇者の子供たち』という希望をな。此奴等の強い弱いなど関係ない。此奴等の存在そのものに人間は希望を抱き、我等に刃向かってくる。かつての勇者の仲間どもや大精霊たちまでも味方としている。二度と人間共に我が城に一歩たりとも足を踏み入れさせるではないぞっ! 」
八套たちは頭を下げた。人間を侮り、城へ入り込まれるどころか魔王の玉座の前まで勇者の侵入を許してしまった。勇者が魔王に深手を負わせたからこそ、首の皮が繋がっただけで、勇者が呆気なく殺られていたら自分たちの首も危うかった事は承知していた。それでも協力するつもりなど、八套には更々ない。散り散りに発とうとしたが魔王は1人だけ呼び止めた。
「エニグマ。お前は残って城を守れ。」
「… 御意。」
これは他の七人には面白くなかった。守りを残すと云うことは自分たちが失敗する可能性を考慮されていると云う事であり、自分たちが討ち残した相手を迎え撃たせると云うことは、魔王にエニグマが自分たちよりも強いと思われていると云う事だ。殆どの者はそう思っていた。
「なるほどねぇ。」
クロノアはポツリ呟いて足を速めた。七人はそれぞれに思惑はあるが、いきなり攻め込む訳にもいかなかった。勇者の子供たちは別としても大人たちは前回、侵入を許した時にも対峙して討ち漏らしている。大精霊たちの殆どは子供たちに宿っているとはいえ油断は出来ない。しかも、自分たちはバラバラだが、相手は纏まっている。むやみやたらと仕掛けても勝ち目は薄いと考えて当然だ。一方で大人たちは子供たちのレベルアップに猶予が無い事を悟っていた。
「ここは一つ、子供たちをブレン様に預けてはどうだろうか? 」
思いついたように獣兵衛が口を開いた。
「預けるなら、もう少しレベル上げてからと思っていたけど、そうも言ってられないかなぁ。マリアはどう思う? 」
「ブルハさん、本気で聞いてらっしゃいます? 」
穏やかな口調で笑みを浮かべてはいるが、ブルハの背筋は凍る思いだった。
「あんた、そんな怖かったっけ? 」
「これでも、あの三人の母親ですから。自分の子供を危険に晒すような事は本当はしたくないに決まっているじゃないですか。」
「母は強しってか。」
「でも… 無鉄砲なのは、あの人譲りだから仕方ないわね。ただ、あの子たちがブレン様のところから戻った時に私たちが殺されてしまっていたら、勝てるものも勝てなくなります。」
「かといって、世界が先に滅んじまっても意味無ぇだろ? 」
「はい、ストーップっ! 私たちの事でしょ? 大人だけで勝手に話し、進めないでもらえるかしら? 」
シエルはつかつかと入って来ると大人たちの話の輪のド真ん中に陣取った。
「そのブレン様って何者? 今までの特訓や試練と違うの? どのくらい掛かるの? そもそも、そんな事してる余裕はあるの? 」
矢継ぎ早に質問を浴びせるシエルに大人たちは顔を見合わせた。
「シエル。そんなに一度に聞かれても困るでしょ? 」
マリアに言われてシエルは不服そうだが反論はしなかった。
「まず、ブレン様っていうのは仙人のような方だ。前に魔王と戦った時も鍛えて頂いた。ただ、前回も魔王軍の侵攻が早まり、途中で戦場に戻らざるをえなかったんだ。」
「そんな強いんなら、一緒に戦ってくれれば、お父さんだって… 」
一瞬、シエルの瞳に涙が浮かんだが、誤魔化すようにクシャミをして鼻をかむふりをして涙を拭いた。
「埃っぽくて嫌ね。それでブレン様って人ん所に行けば強くなれるとして、どのくらい掛かるの? 魔王は待ってくれないのよ? 」
「そうね。どれだけ掛かるかは、あなた方次第。人類が滅びるまでにレベル100まで上げて、それに見合うスキルを身につけていらっしゃい。案内は獣兵衛さんがしてくれます。」
「お母さんたちは? 」
「… もう一目くらい会いたいから、生きてるうちに帰ってきてね。」
マリアの言葉が合図のように建物は崩壊し、獣兵衛は子供たちを連れて脱出した。




