第三十二話 幽玄・扉の向こう
「ふっ。二度も同じ手は喰らわねぇ。」
ダーデスは、より巨大な闇を作り出すと地獄の門を飲み込んでしまった。
「そ、そんな!? 」
さすがにブルハも驚きの声をあげた。
「そもそも俺がここに居る時点で地獄の門は通用しないと悟れよな。」
『さすがは闇の眷属と云う事か。』
「テネブラエ、感心してる場合じゃないでしょ!? 」
実際、大精霊の能力が破られる所をブルハもレケンスも見るのは初めてだった。
「これって、結構ピンチかな? 」
「多分、かなりね。」
正面のダーデスは薄笑いを浮かべて二人を見ていた。
「その辺にしておけ。」
不意な声にも三人とも目の前の相手から注意を逸らす余裕は無かった。その所為か、声の主は視線の間を遮るように立った。
「その服装、八套のようだが見ない面だな? 」
「俺も他の八套の顔を見るのは初めてだ。」
ダーデスと対峙した男は剣の柄に手を掛けた。
「なんだ、やる気か? 」
「そちらが殺る気のようなのでね。」
八套同士の仲は好くはない。馴れ合う事を嫌い、魔王も競い合わせていた。八套の不文律として互いの邪魔はしないというのがある。だから、同じ八套であったとしても、その不文律に反する者は討たれても文句は言えない。
「ふぅ。やめだ、やめだ。クロノアといい貴様といい、こいつら生かしておいても、何の得にもならないんだぞ? 貴様、名前は? 」
「… エニグマとしておこうか。」
「エニグマ? 貴様が噂の8番目か。何の目的だか知らないが、後で厄介な事になったら責任とれよっ! 」
そう言い残してダーデスは自ら作り出した闇の中へと消えていった。だからといってブルハとレケンスは一息吐く訳にもいかなかった。目の前には、まだ八套の一人が依然として居るのだから。
「礼は言わないわよ。ダーデスじゃないけど、何の目的? 」
「やはり昔の依り代では実力が出せないようだな、テネブラエ。」
『… 』
テネブラエは以前に会った覚えの無い筈のエニグマに、会った事のあるような既視感を感じていた。
「貴様らは最大の回復役である聖女を身重で欠き、八套を足止めして勇者一人を魔王に立ち向かわせた。それが最大の敗因だ。」
「何が言いたいの? 」
ブルハにとってはエニグマの言っている事はなぞなぞのようだった。
「人間の個の力では魔王に勝てない。あの子供たちは貴様らより強くならなければ、また魔王の前に誰か一人しか辿り着けない… いや、誰も辿り着けないだろう。雑魚退治でチマチマと経験値を稼いでる暇は無いぞ。あの子供たちには、まだ貴様らの力が必要だ。要なしになったら、俺が刈り取ってやるから、その首洗って待っていろ。」
そしてエニグマも、その場からフッと消えた。
「なんなの、あいつ? 」
ダーデスとエニグマの姿も気配も消えて、やっとブルハも緊張が解けた。
「八套なんだから、僕たちの敵の筈だよ。」
「そんな事は分かっているの。何が、それが最大の敗因だ、よ。」
「でも、彼の言っている事は間違ってはいない。それまで、どんな相手でも、皆で力を合わせて乗り越えてきたのに、最後の最後で、最大の強敵を勇者一人に託してしまった。」
「だって、あの時はマリアも居なかったし、勇者を無傷で魔王にぶつけるには他に方法無かったじゃない。」
「多分、あの時の僕たちは魔王に挑むには早すぎたんだ。八套も魔王も、より強力になっていると思う。クロノアにも、もう少し強くなれって言われたよ。でも、少しじゃなく、もっと強くならないと駄目だ。その上で子供たちには僕たちを越えてもらわないと。」
そんな決意に満ちたレケンスの顔を見てブルハは吹き出した。
「プッ。何、ガチのマジで熱血してんのよ。そういうのは勇者やヴォルティスの役目だったでしょ? 私たちが前より強くなって、子供たちが、そんな私たちより強くなって、全員で魔王まで辿り着けばいいんでしょ? いいわよ、やってやろうじゃないの。危うく勇者に託したみたいに、勇者の子供たちに託しちゃうとこだったわ。これからは私たち自身のリターンマッチのリベンジマッチ。今度は八套なんか、けっちょんけちょんにしてやるんだから。」
ブルハは俄然やる気になっているがレケンスとテネブラエはエニグマが気になっていた。前回、全ての八套と戦った訳ではない。それでも、全く接触が無かったのはエニグマだけだった。そのエニグマが何故、今回動いてきたのか。クロノア同様に強くなれと言ってきたが、クロノアのそれとは何か違う気がしていた。具体的に何が違うとは言えなかったが、より強い相手と戦いたい訳では無さそうな気がしていた。
「二人とも、無事かぁ? 」
やっとヴォルティスを連れてマリクが戻ってきた。
「け、怪我はありませんか? 」
マリクは真っ先にブルハに駆け寄った。
「大丈夫よ。掠り傷一つ無いから。」
「もう、マリクったら取り乱してブルハが危ないから直ぐ来てくれって言ってたけど、何事もないじゃない。」
一端は呆れて見せたシエルだったがレケンスの姿を見つけると、慌てて駆け寄った。




