第三十一話 魔女・ブルハ
「ぜぇ、ぜぇ、ブルハ。ちょっと休憩しようよ。」
ブルハと二人きりで報奨金稼ぎだと張り切っていたマリクだったが、張り切りすぎて直ぐに魔力が枯渇してしまったようだ。
「君と私じゃコップと樽くらい魔力量が違うんだから、同じように使ってたら無くなるに決まってるでしょ? 」
ブルハはそう言うがマリクの感覚ではコップと湖か海ぐらいの差に感じていた。MPの最大値が違うのはもちろん、消費量もブルハの方が少なかった。
「いい? マリクは慎重なのはいいんだけど、戦闘避けてるから経験値もヴァンに比べると足りてないの。私が一緒のうちに、稼げるだけ稼がないとね。」
「それ、経験値ですか? お金ですか? 」
「もちろん、両方よ。」
さも、当たり前のようにブルハは言うか、このやり方では数字上のレベルは上がるかもしれないが、マリク自身の実戦経験にはならない。その事はブルハも分かっていた。しかし、実戦を積ませるには、マリクの使える魔法も魔力も足りなかった。三人の時はお互いにカバーし合っているが、一人では戦力にならない。新しい魔法を覚えるためには魔導書が要る。それを買う為にはお金も要るし、覚えるには魔力もレベルも要る。今のペースでは三人の成長に差が開いてしまう。勇者でさえ敗れた魔王を倒そうというのだ。それも魔王の動きから、そう長い間は待てそうにない。現実的選択としてブルハはマリクのレベルアップを優先する事にした。しかし、魔王軍は、クロノアを除けば子供たちの成長を待つほど悠長ではないらしい。
「おやおや、闇の匂いがするから、お仲間かと思えば、勇者と一緒に居た魔女じゃないか。」
それもまた、黒マントの男だった。
「ダーデスっ! 」
ブルハは男をそう呼んだ。
「覚えてくれていたとは光栄だな。魔王軍八套が一人、ダーデスだ。坊主、魔王様の城まで辿り着けたら、また会うだろうから覚えておきな。」
ブルハは無言でマリクを下がらせると身構えた。
「ほら、坊主。せっかく魔女が庇ってくれているんだから、早く逃げなよ。後ろから狙ったりしないから。そこまで、こっちも余裕無いだろうし。」
ダーデスもブルハも互いに視線は逸らさない。いや、逸らせなかった。
「おやおや坊主。どうやら逃げる気は無いみたいだな? 」
「マリク、行きな。」
「ウェントゥス、力を貸してっ! 」
ブルハの声を遮るようにマリクは叫んだ。
『どうやら覚悟は出来てるようだね。』
「坊主。大精霊は宿せば強くなるって代物じゃない。大精霊を扱いきれるほど強くなった時、本当の大精霊の力を引き出せるんだ。お前にゃまだ無理だぜ。正直、この魔女相手に余裕無ぇんだよ。坊主まで一緒に潰すと、後でクロノアが煩いからな。」
「あら、随分と持ち上げてくれるじゃない? 何のつもりかしら。」
ウェントゥスが覚悟は出来ていると言うのなら、マリクに逃げるつもりはないだろう。だが、これだけダーデスがブルハを警戒する理由など一つしか無かった。おそらく、ダーデスは気がついているのだろう。ブルハが再び闇の大精霊テネブラエを宿している事に。気がつかれていなければ、不意を突く事も出来たかもしれない。しかし、そうはいかなくなった。ブルハもマリクを庇って戦う余裕は無さそうだった。
「どうやら、八套の狙いは僕らのようだね? 」
現れたのはレケンスだった。
「あんた、シエルは? 」
「クロノアが近づいていたから、別行動にしたんだ。ここで二人に会うのは予定外だったな。マリク、シエルにリストボウを預けておいたから後で受け取るといい。ここは僕が残るから君はヴォルティスに状況を伝えて貰えるかな? 」
「か、必ずヴォルティスさんを連れて戻りますっ! 」
マリクはそう言うと走り出した。
「あぁ。逃げろと言わずに役目を与えれば良かったのか。さすがレケンス。やっぱり私に親は向かないわ。」
「僕も親じゃないんだけど? 」
「でも、自分の親の記憶はあるでしょ? それだけでも大きな違い。それが愛された記憶なら尚更ね。」
一瞬、レケンスにはブルハの表情が淋しそうに見えた。だが、ダーデスを前に沈んでいる暇はない。
「おいおい。湿っぽいのは止めてくれよな。レケンスの言うとおり、確かに俺たちの狙いはお前ら前の勇者一行の生き残りだ。勇者が負けた時点でお前らはゲームオーバーだったはずだろ? 今さら、あいつのガキ共に肩入れして何になる? 」
呆れたように話すダーデスだったが、ブルハもレケンスも逆にダーデスに呆れていた。
「それが、何かになると思ったから僕らを始末しようとしてるんじゃないのかな? 」
「そうね。私らが邪魔な何かがあるんでしょ? 」
「喋り過ぎたか。まぁ、始末するんだから関係ないけどな。」
ダーデスが魔力を集中するより先にブルハが動いた。
『暗き闇より黒き物。』
「黒き闇より暗き者。」
『闇より来たりて闇へと帰れ。』
「地獄の門っ! 」
ブルハとテネブラエの呪文が一つとなって闇の中から現れた門がダーデスを吸い込もうとしていた。




