第三十話 魔族・蠢動
「どうだった、クロノア? 」
戻って来たクロノアに別の黒マントの男が声を掛けた。
「まだまだだな。あれじゃ魔王様の前に我々の手で一捻りだ。」
クロノアの言葉に黒マントの男が首を捻った。
「我々… つまり、お前一人では荷が重いと? 」
「ガキは大したこと無いが、剣士ヴォルティス、魔女ブルハ、射手レケンス。こいつらは厄介だし聖女マリアも生きている。大精霊集めも進んでいるようだし、油断は禁物だ。」
確かに先の勇者一行は手強い。それは勇者を倒したとはいえ、魔王の玉座まで乗り込まれたのだ。黒マントの男も承知している。
「なら、聖女は先に始末した方がいいな。あいつの能力は厄介だ。」
マリアの回復能力は尋常では無かった。身重で途中で離脱したが、もし勇者と一種に行動していたら、もっと魔王も厳しい戦いを強いられたかもしれない。
「グラウド、光の大精霊の加護も無い聖女を恐れる事はあるまい? 」
クロノアはそう言うが、マリアはルクスを宿す前から回復魔法に長けていた。
「出る杭は打つ。禍根は絶つ。芽は摘む。だろ? ガキどもが光の大精霊を連れているなら、合流される前に始末するのが妥当だ。俺はお前みたいに相手が強くなるのを待つ程、悠長じゃないんでな。」
そう言うとグラウドは黒いマントを翻して姿を消した。
「まったく。気の早い連中だな。まだ魔王様は子供たちについては何の命令も下されていないのだぞ? 」
入れ替わるように別の黒マントの男が現れた。
「ネブルスか。魔王様の命令が無くとも、その意を汲んで先んじて動く。それが我ら八套の役目。前回、その判断の甘さが勇者たちの城への侵入を許したのを忘れた訳ではあるまい? 」
八套。それは魔王直属の八人の黒マント集団の事だった。特に八人目の黒マントは他の八套も会った事がなく、欠番とも思われていた。
「忘れてはおらぬが、八套が直接動くのは子供たちに動揺しているようで士気に関わる。」
「そんなものはガキどもの始末が終われば自然に収まる。」
「だと良いのだがな。」
ネブルスは自嘲するように去っていった。八套同士の仲は決して好くはない。其々が馴れ合う事を嫌い、魔王も競い合わせていた事もある。中でもグラウドはクロノアを嫌っていた。強い敵を倒してこそ絶望を与えるとするクロノアと、敵となる者は弱いうちに徹底的に叩き潰すグラウドでは感性が合わない。ただ、八套の不文律として互いの邪魔はしないというのがあった。だから、グラウドがマリアを討つといえば、クロノアも容認するしかなかった。それでもグラウドが村に着く事はなかった。それは途中でマリアが待っていたから。
「自ら死にに来たか。」
「ここなら死ぬのは、貴方か私だけで済みます。村人を巻き込まない最善策です。」
グラウドに対峙したマリアは毅然として答えた。村で戦っても、マリアが逃げても村が犠牲になる。グラウドは気配を隠しもせず近づいて来た。そのただならぬ気配にマリアは意を決していた。
「いい覚悟だが、死ぬのは貴様か俺じゃない。貴様が死ぬのは確定事項だ。」
マリアの魔法は回復がメインだ。光魔法もあるがルクスがいなければ威力は落ちる。八套グラウドを相手に勝機は薄い。だからといって、おとなしく殺される訳にはいかない。勇者の妻として、子供たちの母として。
「相も変わらず、いけ好かない奴よのう。」
グラウドの背後から聞き覚えのある声がした。
「貴様… 野牛・獣兵衛。」
「獣兵衛さん!? 」
現れたのは火の本の剣豪、獣兵衛だった。
「また邪魔をするつもりか? 今度は、あの時のようにはいかねぇぜ。」
「一対一ならば、貴様にも分があろう。だが、マリア殿を背にした余を倒せるかな? 」
獣兵衛は刀の柄に手を掛けた。獣兵衛の抜刀術は八套といえど油断が出来ない。それをグラウドは身を以て知っていた。マリアの回復が間に合わないほど一瞬で葬り去るか、先にマリアを仕留めるか。
「なるほど。忌々しいが、クロノアの言うとおり一人で相手をするには厄介だな。この勝負、預ける。」
グラウドが立ち去ると緊張の糸が切れてマリアは座り込んでしまった。
「無事でなにより。」
獣兵衛が差し出した手に掴まって、マリアは何とか立ち上がった。
「でも、獣兵衛さん。どうして、ここへ? 」
マリアも突然、獣兵衛が現れたのが不思議だった。
「余の出城に旅の男が訪れてな。マリア殿の身に危険が迫っておるので助けてやって欲しいと申したのだ。余も嫌な予感がしての。来てみれば、この有り様だ。良ければ、ほとぼりが冷めるまで余の城に参られては如何かな? その方がマリア殿も村も安全であろう。」
マリアも自分一人の問題であれば断るところだが、自分が居ることで村が狙われて迷惑を掛けてしまうのは避けたかった。
「それでは、しばらくの間、御世話になります。」
マリアは一度、村に戻ると荷物を纏めながら獣兵衛の出城を訪れたという旅の男が気になっていた。城から迎えの馬車が着くと、マリアは子供たちが魔王を倒すまで留守にすると村人たちに挨拶をして出発した。




