第三話 野宿以上、宿屋未満
「あ、あの色違いのスライムっ! あれ倒したらレベルアップよっ! 」
眼鏡越しに臙脂色のスライムを見つけてシエルが叫んだ。
「火の玉っ! 」
マリクが魔法で逃げ道を塞いだ。今のマリクの威力では、直接当てるより効果的だった。これがヴァンだったら、魔力が尽きるまでスライム目掛けて撃ちまくった事だろう。もう1つの効果はスライムくらいなら仲間を呼べなくなる事だ。一匹ずつは大した事のないスライムでも、集団になると厄介だ。倒した端から増えると余力があればレベリングになるが、今の三人では力尽きる方が早いだろう。逃げようとしたスライムは火傷を負った。少しずつスライムの体力が減っていく。
「ヴァン、何やってんのよっ! 早く倒しなさいよっ! 」
「えぇ~。こんなの倒しても格好よくないじゃん。」
シエルに急かされたヴァンは不満そうだった。
「こっちだって強くないんだから贅沢言わないのっ! 」
そんな態度のヴァンに腹を立てたシエルが怒鳴りつけた。そんな隙にスライムが飛び掛かってきた。窮鼠猫を噛むと云うやつだ。
「うわっ! 」
三人が慌てて下がったところでスライムが凍りついた。
「えっ!? 」
「何してるの。早く叩きなさい。」
「あ、はい。」
言われるままにシエルが杖で叩くとスライムは粉々になった。
「坊やたち、スライムだからといって油断しちゃダメよ。臙脂のスライムは青いのよりは強めだし。」
そこに現れたのは鍔の広い黒の三角帽子、宝石の付いた黒のレオタードに黒のニーハイブーツ。そして裏地の赤い黒マントの女性。いかにもといった出で立ちである。
「魔女? 」
あまり興味が無さそうなヴァン。
(露出高過ぎじゃない? )
そうは思ってもシエルは口に出さない。
「綺麗… 。」
マリクは女性の顔に見とれながら頬を染めていた。
「あら、ありがと♪ 褒めてくれたお礼に、これあげる。」
そう言って女性はマリクに一冊の本を渡した。
「M.B.。あなたたちが倒したモンスターが載っていくわ。」
本を受け取っても、まだ女性に見とれているマリクをシエルが強引に下がらせた。
「ありがとうございました。これから旅支度があるので失礼します。」
「あら彼女? 」
「姉弟ですっ! 」
「その眼鏡、見覚えがあるわ。どうしたの? 」
女性が眼鏡に手を伸ばしてきたので、シエルは慌ててしまった。
「うちの村では眼鏡って売ってなくて。この間、冒険者さんに頂いたんです。珍しい物なんですか? 」
「それ、特注品よ。… それより、お嬢ちゃん、誰かに似てるって言われない? 」
眼鏡を外したシエルを見て女性が言った。不意な質問にシエルは首を捻った。
「母の子供の時に似てると言われるくらいですけど? 」
「もしかして、お母さんって聖女マリア? 」
「えっと… 元聖女のマリアですけど… お母さんの知り合いですか? 」
「ん~、まぁ、知り合いっちゃ、知り合いよ。って事は、あんたら勇者の子供かぁ。道理であいつが特注の眼鏡を渡した訳だ。そうだなぁ… じゃぁ、お姉さんからは… 今はこれあげる。コテージの5個セット。」
「コテージ? 」
「そ、テントの上位アイテム。宿屋ほどじゃないけど、テントよりは回復するわよ。もうちょっと、いいアイテムあげたいんだけど、今のレベルじゃ、持ち腐れっていうか使えないから。もう少しレベルアップしたら、また会いましょ。それじゃぁネ。」
「えっ、お母さんに会っていかないんですか? 」
「お嬢ちゃん、知り合いがお友達とは限らないのよ。」
女性は黒いマントを翻して去って行った。
「ずりぃぞ、お前らばっかり。」
シエルやマリクがアイテムを貰っているのに、自分には何もないものだから、ヴァンは不貞腐れていた。
「早く帰って、支度しようっ! 」
それに比べてマリクは急にノリノリだ。
「もう… 。これだから、うちの男共は… 。」
どう見ても女性の『もう少しレベルアップしたら、また会いましょ。』と云う言葉に浮かれている。
「あんた達、早く村に帰って支度するわよっ! 」
シエルは足早に村へと向かった。
「待てよ、ちょい待てよっ! 」
ヴァンが呼び止めても、
「シエル、待ってよぉ。」
マリクが呼び止めても、シエルは足を止めない。父親である勇者の仇を討つと決めてから、どれだけの月日が過ぎただろうか。しかも、まだレベル5。母親であるマリアと約束した魔王と戦うレベルは100。シエルには気の遠くなるような先の話しに思えていた。きっと、この先、アイテム管理、お金の管理、戦うか逃げるかの判断。その全てを考えなくては、いけないのだろう。その事を思うと、多少憂鬱になってくるシエルであった。