第二十九話 魔弾・レケンス
「レケンス様、それで何をすれば、宜しいのですか? 」
普段とは違ってシエルは、しおらしくレケンスに声を掛けた。
「シエル。様はやめてと言ったろう? 」
そう言いながらレケンスはスリングショットを取り出した。
「今からシエルには、これを覚えて貰うよ。光と水の大精霊を宿したシエルは三人の生命線だ。」
「生…命線? 」
レケンスが言っている意味が、よく分からずシエルは聞き返した。
「回復系魔法はシエルが、ほぼ担う事になる。かといって、光や水が苦手な魔物も少なくない。今のレベルでは両方に振り分けるほどMPに余裕もない。そこで魔弾だ。」
「魔弾? 」
最初はレケンスと二人っきりになれるとはしゃいでいたシエルだが、だんだん、そんな余裕は無くなってきた。
「魔弾は魔力に余裕のある時に少しずつ作って貯めておくんだ。いっぺんに作って、いざというときにMPが残っていないようじゃ、意味がないからね。」
「作る? 」
「うん。作り方はこれから教えるから。」
そう言ってレケンスは背後に回るとシエルの両手に手を添えた。
「はい、こうして指先に集中して魔力を結晶化するんだ。」
そう言われてもレケンスの顔が真横にあってシエルは集中出来ない。近過ぎて頬が触れそうだ。
『レケンス。これじゃ魔弾作りの練習にならないわよっ! 』
見かねたルクスが声を挙げた。
「この方が分かりやすいと思ったんだけど… 駄目かな? 」
『昔っから鈍いのよね、そういうとこ。』
レケンスには何の事だか、分からなかった。
『確かに、そうでしたね。』
アクアはルクスに同意した。シエルとしては、大精霊のお陰でレケンスが一旦、離れて残念のようでもあり、ホッとしたようでもあった。ともかく、今は魔王を倒す為に強くなる事が最優先事項なのだと自分に言い聞かせる。そう簡単には割り切れないとしても。シエルは指先に集中すると白く光り出して小さな塊が出来た。と同時に疲労感に襲われた。
『ほら、無理させちゃダメだよ。まだ年齢もレベルも、あの頃のレケンスより若いし低いんだから。』
前回の勇者、つまりはシエルたちの父親のパーティーの中で最年少だったレケンスでも、今の子供たちより年齢もレベルも上だった。レケンスもブルハ同様に魔王の動向が気になっていたし、ルクスやアクアも、テネブラエ同様に拙速な三人のレベルアップは望ましいとは思っていなかった。
「それもそうだね。」
レケンスはシエルの作った魔弾を拾い上げた。
「うん、初めてにしては、いい出来だよ。」
シエルに魔弾を返すと桜色のスリングショットを一緒に手渡した。
「え? 」
「弾だけじゃ飛ばせないでしょ? 僕とお揃いじゃ嫌だったかな? 」
レケンスの言うとおり、レケンスの使用しているスリングショットを一回り小型にした色違いだった。
「い、いえ。大切にします。」
シエルは言ったとおり大切そうにスリングショットを受け取った。
「それと、これはマリクに渡して貰えるかな。あの子もMPの上限がまだまだ少ないからね。」
渡されたのは緑のリストボウだ。シエルは自分だけじゃないのが、ちょっぴり不満だった。
「どうして、御自分で渡さないんですか? 」
「僕はそろそろ行かないといけなくてね。ヴァンやマリクに宜しくって。」
「また会えますか? 」
不安を感じたシエルは思わず聞いた。
「そうだね。生きていれば、きっと会えるさ。」
軽く手を振るとレケンスはシエルに一抹の不安を残してスッと姿を消してしまった。
「さて、こんな所に何の用かな? 」
レケンスはスリングショットを構えた。その照準の先には黒マントの男が立っていた。
「久しぶりの再会だというのにつれないな。」
男がフードを取ると、レケンスには見覚えのある顔だった。
「クロノア!? 」
「俺に戦線離脱させられたお陰で助かった命だ。無駄にする事はないだろ? 」
それはレケンスにとって悪夢だった。魔王の城で一人で引き受けたが止められなかった相手。それがクロノアだ。
「無茶はいけないな。今の貴様には風のウェントゥスの加護は無いんだ。勝ち目は無いぞ? 」
「せっかくの忠告だけど、君の目的次第では退く訳にはいかないな。」
「出る杭は打つ。禍根は絶つ。芽は摘む。そろそろ勇者のガキが目障りになってきたんでな。」
「そういう事なら、やはり退けないな。」
「せっかく助かった命、無駄になるな。」
「それはどうかな? 」
対峙した二人の間に緊張が走る。クロノアはレケンスの成長を感じていたが、レケンスもクロノアの進化を感じていた。前回、敗れている以上、レケンスはクロノアの進化を上回る成長をみせねばならない。だが、急にクロノアは構えを解いた。
「やめだ、やめ。時間をやるからもう少し強くなって来い。ウェントゥスが居ない分だけ前ほど楽しめそうにない。弱い相手を倒しても面白くないからな。あのガキどもも、もう少し強くなってから潰した方が絶望しやすいだろ? 足掻けよ、人間ども。」
そう言ってクロノアは立ち去って行った。正直、レケンスは助かったと思った。と同時に子供たちの成長に焦りも感じていた。




