第二十八話 剛剣・ヴォルティス
夜が明けるとヴォルティスはヴァンを連れて出掛けた。
「おっさん、まだ朝だぜ? 飯も喰ってないのに力なんか出ねぇよぉ。」
いつの間にか、ヴァンのヴォルティスに対する呼び方はおっさんに戻っていた。ヴォルティスも呼び方をいちいち気にする事はなかった。
「今日はサバイバルだ。朝飯も自分の分は自分で狩る。頑張らないと食いっぱぐれるぞ。」
ウルツァイト製の装備は重くはないのだが、何しろ初めてのフル装備である。慣れるまでは結構、動き辛い。そうこうしている間にヴォルティスは獲物を捕らえてきて焼き始めた。
「狡ぃぞ。自分だけ。」
「頑張らないと朝飯抜きになるぞ。」
互いに世辞や冗談の通じるタイプではない。このままでは本当に朝飯抜きになると思ったヴァンは何とか獲物を手に入れた。しかし、戻ると既に火が消されていた。
「なんで消しちゃうんだよっ!? 」
「火起こしぐらい、出来るだろ? 」
いつもならマリクが簡単に魔法で火を点けてくれるのだが今はいない。
「くっそう。フラムマさえ仲間にしてたら… 」
「無い物ねだりしても仕方ないだろ? 自力で起こせ。」
ヴァンに宿っているテラも黙ったまま、ここはヴォルティスの指示に任せる事にした。普段、やらないので、もっと苦労するかとヴォルティスが見ていると、思いの外、手早く乾燥した木っ端や真っ直ぐな木の棒を集めて火を起こし始めた。
「上手いじゃないか。誰に教わったんだ? 」
「学校に決まってんだろ。こんな魔物がウヨウヨしてる時代に読み書きだけ教わっても生き延びられないからな。」
確かに、いつ魔物に村を追われるかもしれないとなれば、最低限の野営知識は必要だ。
「それに、机に向かってるより体、動かしてる方が得意だったしな。」
なんの自慢にもならない筈だが、ヴァンは自慢気だった。ヴァンは自分の捕まえた獲物を、自分で捌いて、自分の起こし火で焼いて食べた。その様子をヴォルティスは微笑ましく見ていた。だが、そんな時間は長くは続かない。ウルツァイト装備に慣れる為とはいえ、魔物狩りに来たのだから魔物が出やすい場所でもある。
「レオトリオンか。ちょっと、まだ荷が重いな。」
だが、ヴァンは身構えて引く様子はなかった。
「そんなの、やってみなきゃ分かんねぇだろっ! 」
するとヴォルティスは力ずくでヴァンを下がらせた。
「レベルの差っていうのはな、甘く見ると命を落とすんだよ。レベル90とレベル100の差とレベル1とレベル11も差は同じ10でも意味が違う。片や約1割、片や約10倍。こいつとお前じゃ二桁違うし二倍弱は違う。勇気と無謀を履き違えるなよ。」
ヴォルティスは自らの剣を抜き放つと身構えた。対峙したレオトリオンも一瞬、怯えたように見えた。だが、逃げるのではなく遠吠えで仲間を呼んだ。
「見たかヴァン。こんな魔物でも、自分より強い相手に仲間と共に立ち向かおうとしている。お前たち兄弟も力を合わせる事を忘れるな。そして、相手の力量を甘く見てはならん。己と相手の力量の差を見誤ると… 。」
そこでヴォルティスが剣を一閃すると集まっていたレオトリオンたちを一瞬で切り伏せた。
「こうなる。魔王の配下でなければ、俺が抜剣した時点で尻尾を巻いて逃げられたろうに。不憫な奴らだ。」
それからヴォルティスは振り向くとヴァンの肩に手を掛けた。
「いいかヴァン。力ずくで押し切れると思うな。力だけなら俺は勇者より強かった。だが、一度として勇者に勝てた事はない。お前も父親のように心の強い男になれ。」
「あ、あぁ。」
ヴァンは頷いたが、ヴォルティスの言う心の強さが、どんなものなのか理解出来ていないだろう。その意味を自分で考えることもヴァンの成長に繋がるとヴォルティスは思っていた。
「さて、もう少しヴァン向きの魔物を探すぞ。」
ヴァンは焚き火の燃え跡に水を掛けてからヴォルティスの後に続いた。今は父親どころか、その父親に敵わなかったヴォルティスの足元にも及ばない。だが、いつか二人を越えてみせると密かに自分の胸に誓った。そうでなければ父親が敗北した魔王に勝てる筈がないと。
「お、ウルファリオンの群れか。レベルも手頃だし、ヴァンの目標は三匹だ。残りは俺に任せろ。ただし無理はするなよ。」
「おぅ。三匹くらい任せろっ! 」
以前のヴァンなら、三匹と言わず全部倒すくらいの事を言い兼ねなかったが、今は相応に強くなる為に、心の鍛え方は、まだ解らないが、ヴォルティスの言う事に従う事にした。それにしても力量の差は大きい。ヴァンがやっと一匹目を倒した時には、あと二匹しか残っていなかった。ヴァンが倒す予定の三匹以外はヴォルティスが既に倒してしまったようだ。
「くっそ。いつか追い付いてみせるからなっ! 」
残った二匹が交互にヴァンに襲い掛かる。ウルツァイトの鎧はウルファリオンの爪牙を通さなかった。そして二匹が同時に攻撃をして来た時、ヴァンは一匹を切り伏せ、もう一匹を盾で殴り倒していた。
「はぁはぁ… やったぜっ! 」
ヴォルティスも盾を防具ではなく鈍器として使うとは思ってもいなかったが、満足そうなヴァンの顔を見て頷いた。




