第二十六話 発掘・ウルツァイト
「これですか? 」
シエルが取り出したのは、あの青年に貰った眼鏡だ。
「そうよ。眼鏡は人や魔物だけでなく、色々な物の性質が見えるの。ウルツァイトの純度なんかも分かる筈だから、よく見てね。あんまり純度が低いと精製したら半分も残らないなんて事もあるからね。そしたら報酬も半減どころじゃないわよ。」
ブルハの言うとおりだと思った。10個持って帰っても精製したら5個分ではクエストをクリアしたとは言えない。現に眼鏡を通して見ると、うっすらとウルツァイトの反応はあるが、どれも1割に満たない純度しかなかった。もっと奥まで行かなければいけないと云う事なのだろう。
「マリク、ウェントゥスに風の道作って貰って。」
マグマイーターが生息しているような場所では多かれ少なかれ火山性ガスが発生している。濃度にもよるが呼吸気管を痛める可能性もあり、自分たちの周りに新鮮な空気を運ぶ風の道が必要だった。マリクはブルハに言われた通りにウェントゥスに風の道を作って貰った。これで視界も開けシエルもウルツァイト鉱石を探し易くなった。
「どう? 在りそう? 」
「在るには在ったんですけど… 魔物が塊ってます。」
ブルハがシエルの視線の先を確認すると巨大なマグマイーターが一匹とジュエルイーターが三匹。それにロックイーターが十匹ほど集まっていた。
「ありゃハーレムだな。」
ヴォルティスが身構えた。雄のマグマイーターが雌のジュエルイーターやロックイーターを集めて形成されている。従えている雌の構成はまちまちだが、イーター系では珍しくなかった。難儀なのはハーレムを形成すると一定の領域を縄張りとして動かない事だ。そうそう純度の高いウルツァイトの鉱脈が見つかる訳ではない。
「さてと。俺の出番だな。」
立ち上がろうとしたヴォルティスをブルハが引き留めた。
「ちょっと、お待ち。あんたはウルツァイト掘りに決まってんでしょ。そんな力仕事は任せるわ。汗水垂らすような仕事は、あんた向きよね? その代わりにイーターたちの相手はしてあげるから。シエル、しっかりサボらないように見張りなさい。」
ブルハは1人でゆっくりと間合いを測りながらイーターたちに向かっていった。人の言葉を解するタイプの魔物ではない。なので言葉で挑発しても意味がない。先制攻撃。それもイーターたちが反応するだけの有効打でなければならない。そして、追い続けて来る距離を保ちながら、この場を離れる。意外と骨の折れる作業ではある。
「あの三種類、弱点違うのよねぇ。」
ここで全力攻撃をする訳にはいかなかった。そんな事をすれば魔物ごとウルツァイトもフッ飛んでしまう。下手をすれば坑道が崩れかねない。ヴォルティスは何とかなるだろうが三人の子供達の保証は出来ない。ブルハは細心の注意を払いながらイーターたちを誘導していった。
「よっしゃ、今のうちに掘るぞっ! 」
ヴォルティスはウルツァイト鉱石目指して飛び出した。
「ブルハは… 」
マリクが心配そうに声を挙げた。
「助けになんか行ってみろ。こっちがやられちまう。」
それだけ言うとヴォルティスはせっせと掘り始めた。だが、一方でブルハは想定外の事態に陥っていた。ハーレムを形成していたイーターたちの姿は既に無い。ブルハが倒したのであれば、さすがと云う処だが、そうではなかった。目の前には別のイーターが居た。このイーターがマグマイーターたちを捕食してしまったのだ。その名はマントルイーター。生きた火薬庫の異名を持つイーター系の最上位種だ。その異名通り、迂闊に攻撃を加えれば大爆発を起こして坑道どころか鉱山その者が、フッ飛びかねない。その高温の体は、水魔法や凍結魔法では水蒸気爆発を起こし、本体の誘爆を引き起こす。
「まったく、厄介な奴に会っちゃったもんね。」
マントルイーターはマグマイーターたちを喰らいながらもブルハから視線を外さない。蛇に睨まれた蛙と云う訳ではないが、迂闊に動けば襲って来るだろう。マントルイーターが食事を終えるまでに対策を立てねばならない。食べた物を消化吸収するのではなく、ダイレクトに燃焼させるタイプの魔物は満腹で見逃してくれるという事はない。
『何を困る事がある? 消し飛ばすぐらい、訳なかろう? 』
「無茶言わないでよ。私だけならいいけど… って!? 」
『それだけの魔力を持ちながら他人の為に全力を出せないとは、相も変わらぬな。元宿主の誼みで、このテネブラエが力を貸してやろう。』
ブルハの周りに闇が広がり始めた。
「あらあら仕方ないわね。そんなに手伝いたいなら手伝わせて、ア、ゲ、ル。」
『ぬかせブルハ。久しぶり過ぎて、しくじるでないぞ。』
「その言葉、そっくり、そのまま返すわよっ! 」
たとえ相手が闇の大精霊でもブルハはブルハだ。
『暗き闇より黒き物。』
「黒き闇より暗き者。」
『闇より来たりて闇へと帰れ。』
「地獄の門っ! 」
二人の呪文が一つとなって闇の中から現れた門がマントルイーターを吸い込むと、再び門は闇の中へと消えていった。




