第二十四話 群衆・ラットリオン
ラットリオンの巣は街から、そう遠くはなかった。その習性はワーラットより遥かにネズミに近い。それも野ネズミより家ネズミに近いので、必然的に人の住む街の近くに巣を作る。ワーラットのように道具や火を使ったり二足歩行はしないが、大きさは成獣になると驢馬くらいになる。まだ倒した事は無いが、ギルドで依頼を受託した事でマリクのM.B.には、そこまで書き込まれていた。
「いいこと。あいつらは繁殖力が強いから巣ごと潰さないと駄目だからね。」
「そこがボスを叩けばいいクエスト程、モンスターが強くないのに報酬が高い理由ですか? 」
「そういう事。それに一つの巣を潰しても、別の個体が新しい巣を作るから定期的に発生する依頼よ。中級の冒険者には経験値とお金がある程度稼げるクエストとして有名だから見つけたらレベルだけチェックしていけそうなら受託しちゃいなさい。」
「そんなクエストをブルハが居ないと受けられないなんて情けないなぁ。」
ギルドもミイラ取りがミイラになるのは困るので、適正レベルに達していないパーティーには依頼を出さない。それを思うとシエルは肩を落とした。この先も経験値やお金を稼ぐのは簡単ではなさそうだと。
「そうねぇ。相手が単体なら、いいけど群衆モンスター相手となると今のままじゃ無理ねぇ。と云うわけで、私が居るうちにバンバン稼ぐわよっ! 」
とは言ったものの、ブルハは後ろに下がった。
「あんたたちの実戦訓練も兼ねてるんだから、頑張ってね。」
「はいっ! 」
マリクだけが元気に返事をした。
「あれ? アクア、なんで、この子の中に居るの? 」
『なんでって… 何故? 』
「あんたは、そっちの娘の予定だったから。」
『予定? 」
「だって相性でいったら、そっちでしょ? 」
『だって生意気な小娘はゴメンなの。マリアはもっと、おしとやかだったでしょ? 』
「あのねぇ。私たちの時よりも人数いないんだから我が儘言わないのっ! このままだと、そっちの娘にフラムマ宿す事になっちゃうでしょ? 」
「げっ!? フラムマって俺と相性いいんじゃねぇの? 」
フラムマの話しになってヴァンが口を挟んできた。
「そうよ。でも、そっちの娘には… 」
「お話し中、すいませんけどねぇ。そっち、そっちて、私にはシエルって名前があるんですけどぉ。」
『ほら、小生意気。』
「あんたは、今黙ってなさい。ゴメンねぇ。貴女の名前、今初めて聞くんだけど? 」
ブルハはアクアを制してからシエルに言った。シエルも言われてみるとブルハの名前をギルドで偶然知ることになったくらいなので、お互いに今まで自己紹介をしていなかった事に気づいた。
「私がシエルで、喧しいのがヴァン。大人しいのがマリクよ。」
「了解よ。で、アクア。シエルにはルクスが居るからテネブラエは入れないの。」
『それならテラに移ってもらうとか… 』
「あんた、ヴァンにテネブラエとフラムマ宿せって? 何、恐ろしい事、言ってんのよ!? 」
『うっ… 分かったわよ。移ればいいんでしょ、移れば。』
渋々とアクアはシエルに宿り直した。
「凄ぇ。あのケチ臭い姉ちゃん、やり込めたぞ! 」
「こら、ヴァン。一言多い。暗くなる前に、とっととネズミ狩り済ませるわよっ! 」
四人が先へ進むと一軒の廃屋が現れた。
「どうやら、目標は、これのようね。どうする? 」
ブルハは謎かけでもするように子供たちに聞いた。
「家を燃すと火事が拡がりそうな場所だから… アクア、家の周りを液状化して。」
『家ごと沈めるのではないのですね? 』
「それじゃ、私たちの実戦訓練にならないでしょ? 動物のネズミみたいに軽いと駄目だけど、ラットリオンの体重なら、足が沈んで素早さがダウンする筈。そうすれば、ヴァンの剣もマリクの魔法も当たるでしょ。」
『… 色々と考えているのね。』
「兄弟に、こんな何にも考えないのがいたら、こうもなるわよっ! 」
シエルは誰とは言わないがアクアにも、それがヴァンを指す事は直ぐに分かった。ほどなく廃屋の周りが泥沼状態になると、次の行動に出た。
「マリク、ウェントゥスに廃屋揺らしてもらって。飛び出してきて泥沼に嵌まったら各個撃破よ。」
マリクはシエルに言われた通り、ウェントゥスに廃屋を揺らしてもらうと案の定、ラットリオンたちが慌てて飛び出してきた。粗方片付いたと思った処で廃屋が崩れ始めた。
「ウェントゥス、揺らしすぎた!? 」
『そうじゃないよ。新手のお出ましだ。』
廃屋を押し潰すように現れたのは巨大な猫のような魔獣だった。唸る声はライオンや虎のようでもあるが、仕草は飼い猫のようだった。
「キャットリオン… ラットリオンを捕食する魔獣よ。さしずめラットリオン退治に放ったのが野生化したみたいね。シエル、こいつのレベルは? 」
「ご、52ですっ! 」
「ラットリオンに高値をつけた理由のもう1つは、これだったようね。帰ったら吹っ掛けてやらなきゃ。閃光砲撃っ! 」
「レ、レベル52を一撃… 。」
シエルは唖然とするしか無かった。
「この魔法、覚えるとしたらルクスを宿したシエルだからね。精進なさい。」
「でも、ブルハってテネブラエを… 。」
「だって天才だもん。」
そう言ってブルハはシエルにウィンクをした。




