第二十三話 初仕事・ラットリオン
町に着くとシエルは早速ギルドに向かった。
「えぇ。先に宿屋じゃねぇの? 」
驚いたようにヴァンがシエルに尋ねた。
「ギルドで仕事が見つからなかったら、泊まる余裕なんて、無いわよ。」
「仕事が見つかっても宿屋が泊まれなかったら休む所、無いんだぞ? 」
珍しくヴァンの反論に理屈が通っていた。コテージやテント、食費に回復アイテムを加えると宿屋の方が安い。町によって宿代は異なるが宿代と物価は比例しているので宿代が高い町ではアイテムも高いのだ。取り敢えず、支払いの発生する宿屋探しはシエルが引き受け、ヴァンとマリクはギルドに向かった。ギルドに着くと二人はさっそく掲示板で案件を探すが、敵が強すぎずに賃金がそこそこ貰える案件は多くはない。目ぼしい物から埋まっていってしまう。
「おいおい、ここはガキの来る所じゃねぇぜ? 」
「迷子じゃねぇのか? 」
「託児所はねぇぞ? 」
耐えかねたヴァンが喧嘩を売ろうとした、その時だった。
「あんたら、私の知り合いを馬鹿にするなら相手になるわよ? 」
その声、その姿にギルドの中がざわついた。鍔つばの広い黒の三角帽子、宝石の付いた黒のレオタードに黒のニーハイブーツ。そして裏地の赤い黒マント。ヴァンとマリクには見慣れた姿。
「いやぁ、伝説の魔女ウェネーフィカさんのお知り合いでしたか。ど、どうりで賢そうで… さいならっ! 」
一人が逃げ出したのをきっかけに、ヴァンたちをからかっていた冒険者たちが一斉に居なくなった。
「ウ、ウェネーフィカさんて言うんですか? 」
マリクはドキドキしながら尋ねた。今まで自分では聞きたくても言い出せなかった。知りたくても知る事の出来なかった魔女の名前だ。もっとも、母親のマリアは知っていた筈だし、大きなギルドのある街なら勇者一行の一人として名前くらいは耳にしていてもおかしくはないのだが。それだけ、マリアは田舎町に引っ込んでいたという事だ。
「そ。ブルハ・ウェネーフィカ。ブルハでいいわよ。」
「それで、ブルハは何をしに、この街に? 」
「前に言ったでしょ、もう少しレベルが上がったら、また会いましょって。お姉さん、約束は守る人だから。」
そう言うとブルハは掲示板に向かい、一枚の依頼書の前で足を止めた。
「レベル32のラットリオンとレベル37のワーラット。シエル、どっちにする? 」
ブルハが入り口の方へ視線を向けると、宿屋の手配を終えたシエルが立っていた。
「ギルドから冒険者たちが逃げ出してきたと思ったら、魔女の仕業? 」
「今日はブルハは悪くねぇぜ。あいつら、俺たちをガキだと思ってバカにしやがったんだ。」
「ブルハ? 」
「ちょっと、今日はって普段は悪いみたいじゃない? そうそう、シエルにも自己紹介しなきゃね。私の名前はブルハ・ウェネーフィカ。二人にはブルハでいいって言ってあるからシエルも、そう呼んでもらえるかな。」
「それで、ブルハさんは何の御用ですか? 」
「あんたたち、経験値とお金を稼ぎに来たんでしょ? 私が居れば、2つ3つ上のクエストが受けられるでしょ。その方が効率いいと思わない? 」
「そ、それは… そうですけど… 」
マリアの知り合いだと言うが確認した訳ではない。少しは疑いたいのだが、ヴァンとマリクは既にその気のようだ。一人で反対しても無駄なのでシエルは諦めた。
「で、ラットリオンとワーラット。どっちにする? 」
「ラットリオンです。」
そこは二人の意見も聞かずにシエルが即答した。
「あら、どうして? ワーラットの方が報酬も経験値も多く手に入るわよ? 」
「ブルハ1人でもレベル50とか相手に出来る筈じゃないですか。なのに、その辺りの魔物討伐の依頼を選ぶって事は、基本的には自分たちで戦えって事でしょ? それなら、初戦は確実な方を選びます。」
「さっすが、マリアの娘。冷静で堅実な判断だわ。受付さん、レベル32のラットリオンは私たちが引き受けるわよ。」
ブルハの言葉に、またもギルド内がざわついた。
「あの… ウェネーフィカさんのお知り合いでマリアさんの娘さんって事は… 」
恐る恐る受付がブルハに尋ねた。
「そうよ。この娘だけじゃないわ。この子たち三人とも勇者と聖女の子供よ。既に4つの大精霊の試練をクリアした強者だからね。子供だと思ってバカにしてんじゃないよっ! 」
(ブルハ、そんな宣伝されても困るんだけどっ! )
シエルは小声でブルハに訴えた。
(この先々のギルドで足元見られないようにするためよ。本当の事なんだから、堂々としてなさい。)
これだけ大きな街のギルドで宣伝しておけば、大概のギルドには知れ渡る。大精霊の試練をクリアしたという事は4つの大精霊を宿しているという事だ。そう簡単にならず者にも狙われなくなる。そして、冒険者たちのほとんどは、ブルハたち元勇者パーティーメンバーの強さを知っている。この時点で抑止力としては充分といえる。
「さぁ、ラットリオンの巣に向かうわよ。御夕飯までには戻るからねっ! 」
「おぉ~っ! 」
夕飯と聞いてヴァンが一番の反応を見せた。




