第二十二話 神出鬼没・テネブラエ
「これで、今度こそフラムマんとこ行こうぜーっ! 」
光のルクス、風のウェントゥス、大地のテラ、水のアクアと順調に大精霊を集めてきたが、まだ二つの大精霊を残している。それ以上にシエルが気にしているのは装備だった。レベルについては、試練を経る毎に確実に上がっているのだが、装備についてはヴァンが形見の剣、マリクが水の羽衣を手に入れたくらいで、ろくな装備がない。かといって、魔物退治よりも試練を優先してしまった為、お金はそんなに稼げていない。
「フラムマの所に行く前に、お金稼いで装備買うわよっ! 」
「えぇ~!? 」
せっかくフラムマの所に行けると思っていたヴァンとしては、がっかりだ。けれど、そろそろ装備がボロボロになってきたのは理解している。それに、お金が無ければ食事も出来ないし宿屋にも泊まれない。
「アクア、この辺りに安い宿屋とお金になるモンスター居ない? 」
「おやおや、お困りですかな? 」
今まで何の気配もしなかったのに、急に声を掛けられてシエルはびっくりした。そこには黒猫の頭をした人のような者が立っていた。
「これは驚かせてしまって申し訳ありません。わたくし、闇の大精霊テネブラエの執事でシュヴァルツと申します。こちらはメイドのノアール。」
「初めまして。ノアールと申します。」
いつの間にか現れた女性は、メイド服で身を包んではいたが、頭からは長い兎の耳が生えていた。
「ちょ、ちょっと待って。さっきアクアの試練、終わったばかりなのよ? 」
『どうやら、承知の上で現れたようね? 』
シュヴァルツとノアールの様子を見たアクアの声がした。
「えぇ、勿論。魔王は疲弊したからといって待ってはくれませぬからね。この状況で、如何に勇者のお子様方が立ち回られるか、テネブラエ様は気にされております。」
「そんなの、回復できれば進軍、できなかったら戦略的撤退よ。無理して負けたら意味ないでしょっ! 」
シエルは即答した。やり直しは効かないのだ。
「では、退路を絶たれたら、如何さないますかな? 」
「そんなの、生き残る可能性の高い方に決まってるでしょっ! 」
「では、そちらの方は如何ですかな? 」
シュヴァルツはヴァンに話を振った。
「俺なら進む。前進あるのみっ! 」
ヴァンの答えを聞いてシエルは頭を抱えた。そんな無謀な策はないと思ったからだ。しかし、シュヴァルツの反応は違った。
「死中に活を求めるもあり、時に逃げるも勝ち。どちらも間違ってはおりません。おりませんが、今の実力では逃げるも退くも敗北あるのみ。テネブラエ様の試練を受けるには、まだ早いようですな。」
「それって、思わせ振っといて、テネブラエの試練は受けさせないって事ぉ!? 」
「いや、受けさせないとは言っておりません。もう少し経験を積んできてくださいと申しております。今のまま、テネブラエ様の試練に挑んでも、魔王と戦う前に詰んでしまいますから。」
シエルには、少し呆れたような残念そうな言い方が気になった。
「確か、テラが言ってたけどテネブラエって転々としてるんでしょ? こっちが実力つけても見つけられなかったら、どうするの? 」
「ご安心ください。光ある所に闇あり。闇ある所に光あり。あなたの中にルクスが居る限り、こちらからは直ぐに見つけ出せます。そうですね、レベルが60程になりましたら、お迎えに参ります。」
「ルクス、あんたからは見つけられないの? 」
『はぁ… 無理言わないでよ。テネブラエは別格って云うか異質なんだから。』
ため息混じりにルクスが答えた。
「闇は遠くに在りて近きもの、近くに在りて遠きもの。我らがお迎えにあがるまで、皆様の御健勝と御多幸をお祈りしております。」
そう言い残してシュヴァルツとノアールは闇の中に消えていった。
『相変わらずテネブラエは神出鬼没だね。』
「何、ウェントゥスは感心してるのよ? それよりフラムマの試練って、今のレベルで挑めるの? 」
シュヴァルツからレベル60と言われて、シエルは少し不安を覚えていた。
『そうだな、今のままだと五分五分だけど、予定通りの装備を揃えられるくらいのお金が貯まるまで魔物と戦えば、何とかなるんじゃないかな。』
「何とかって… あぁ、もういい。ヴァンっ! マリクっ! どこかの町でギルド探すわよっ! 」
「え? ギルドに入るの? 」
不思議そうにマリクは尋ねた。旅の途中である自分たちが、どこかの町のギルドに所属してしまうと身動きが取り難くなってしまう。
「そんな訳ないでしょ。野生より賞金の付いた魔物の方が稼ぎがいいからよ。用があるのは掲示板。」
「賞金の… って、そんな魔物は強いんじゃないの? 」
「そりゃ強いわよ。こっちはレベルも上げなきゃいけないんだから丁度いいでしょ。いい、していい怪我は食事して一晩寝たら治る程度。お金を回復アイテムに回してられないからね。だから、毒のある魔物は避けるのよ。宿屋じゃ毒は消えないからね。」
「じゃ魔物選びは任せるわ。俺、その授業寝てたから毒が有るか無いか分からねぇもん。マリクのモンスターブックとシエルの眼鏡、頼りにしてるぜ。」




