第二話 旅人以上、冒険者未満
「あと、何匹倒したらレベル上がるんだ? 」
「ん~、30~50匹くらいかな? 」
シエルの答えにヴァンは肩を落とした。自分たちのレベルが1、2くらいの頃は順調に思えたが、そこからが遠い。自分たちのレベルが上がれば上がるほど、次のレベルまで必要な経験値が増えるなんて事は考えた事もなかったし、考える必要もなかった。そして自分たちのレベルが上がると同じモンスターでも貰える経験値もお金も減っていく事も初めて知った。
「もう少し、遠くに出てみないか? 」
ヴァンは早くレベルを上げたくて仕方ないらしい。だが、マリクは慎重派だ。
「だめだよ、ヴァン。母さんと、この辺でレベルを上げる約束だろ? 」
「じゃあ、どこまでが『この辺』なんだよ? 」
そう言われるとマリクも返事に困る。漠然と今まで遊んでいた範囲だと思っていた。
「じゃあ、マップの境目の一歩外。危なくなったら、逃げ込めば追って来ないはずだろ? 」
このヴァンの提案にマリクとシエルは仕方なく折れた。ヴァンの性格を考えたら、下手に反対したら一人で、勝手に遠くに行きかねない。それに、街道から大きく逸れたりしたければ、モンスターが急に協力になる事はないはずだ。三人が恐る恐るマップの境目を越えた瞬間、大きな悲鳴が聞こえてきた。
「俺、見てくるっ! 」
「あ、ヴァンっ! 」
シエルが止めるのも聞かす、境目の一歩外という約束も忘れ、ヴァンは声のした方へと走り出した。何が起きたのかも分からない。どう考えても、一人で行かせるのは危険だと思ったマリクとシエルも仕方なく後を追った。すると、村人が中型のモンスターに追われていた。
「おぉ、君たちは勇者の息子さんたちじゃないか。ちょうど良かった。モンスターに追われてるんだ。助けておくれ。あ、来たっ!? じ、じゃぁ君たち、任せたよ。」
それだけ言うと、村人は一目散に村に逃げ帰った。
「何してるの、私たちも逃げ… えっ!? 逃げられない? 」
シエルは、ついさっき出てきた境目を戻ろうとしたのだが、目に見えない力に弾かれてしまった。
「何だよ、それ!? 」
ヴァンとマリクも体当たりするように境目に突っ込んでみたが無駄だった。
「どうしよう、ヴァン? 」
「戦うしかないだろっ! 」
「どうしたんだい、君たち? 」
急に声を掛けられて三人は、キョロキョロと辺りを見回した。
「助けてくださいっ! まだ、私たちに、あのモンスターは無理ですっ! 」
シエルは見つけた青年に懇願した。
「村に戻れないって事は君たち、村人ABCじゃないんだろ? 」
思わず三人は顔を見合わせた。
「あれは、冒険に旅立つ者が村の外で必ず最初に出会うハジメマスってモンスターだよ。まぁ、イベント戦闘ってところかな。ふざけた名前だけど、舐めて掛かると大怪我するよ。」
そうは言ったものの三人の様子を見て妙だと思った青年は眼鏡を掛けた。
「えっ? そのレベルで村の外、出ちゃたの? それに村人の服って… せめて旅人の服くらい着てこないと。攻撃力と魔力は… 少なっ! それじゃ自殺行為だよ。仕方ないな、一時的に僕が君たちのパーティーに入るから。」
「私たちも戦うんですか? 」
「ハジメマスは君たちを含めたパーティーで倒さないと、君たちは永久に村に戻れないよ? 」
「わ、分かりましたっ! 」
ハジメマスは、どんどん近づいて来る。三人にはもう、この青年の言うとおりにするしかなかった。
「そんなに緊張しなくても大丈夫。パーティーは名目だけで、君たちの手は煩わせないから。」
そう言うと青年は懐からスリングショットを取り出し、一撃でハジメマスを倒してしまった。
「えっ… 強っ! 」
「ははっ、全然強くはないよ。僕なんかより勇者の方が何倍も強かった。」
「えっ、父さんの事、知ってるの? 」
「あ、いや、勇者は有名人だったからね。そうか、君たちは勇者のお子さんか。」
「おじさ… お兄さん、父さんの事、教えてください。母さんは普段の父さんの事は教えてくれるけど、冒険の話しは全然教えてくれないんだ。」
「僕が居たから、ちょっと少なくなっちゃったけど、今の戦闘で経験値が上がっているから、モンスターをもう2、3匹倒せばレベルが上がるはずだ。出会った時点で村人じゃなかったって事は冒険に出るんだろ? そしたら、たくさんの人から、たくさんの話しが聞けるはずだよ。でも、その前に武器や防具なんかの装備は整える事。回復アイテムは多めに用意する事。冒険は戦闘だけじゃないんだから、日用品を忘れない事。でも、多すぎるアイテムは邪魔になるから、持ち過ぎに注意する事。」
「お兄さんも勇者? 」
「ははっ。さっきも言ったろ? 勇者は僕の何倍も強かったって。僕は… ただの冒険者さ。そうだ、これを… 君にあげるよ。」
青年は三人を見渡してからシエルに眼鏡を渡した。
「相手の強さが分かれば、自分たちの強さや残りの体力と比べて、戦うか逃げるか目安になるだろ? 」
「じゃ俺が… 」
シエルが眼鏡を引っ込めるのと同時に、伸ばしたヴァンの手を青年が制した。
「君は眼鏡を使う前に、突っ込んじゃうだろ? そっちの子は強さが分かっても迷いそうだ。だから、君にあげるんだ。」
青年に頭を撫でられて、不満そうなヴァンを横目にシエルは大事そうに眼鏡をしまった。
「じゃぁネ! 」
軽く手を振って去り行く青年に、三人は姿が見えなくなるまで、大きく手を振っていた。