第十九話 水仙・ナルシス
「ルクス、こいつ知ってる? 」
シエルとしても少しは相手の情報が欲しかった。
『少しだけね。かなりの自尊家よ。でも、それに見合うだけの実力は有るから油断しない事ね。』
「おやおや、光の大精霊ルクスともあろうお方が。僕は自尊家な訳じゃない。僕は実力に裏打ちされた自信を持っているだけさ。」
ナルシスを見ていると、シエルはだんだん腹が立ってきた。
「あぁ~イライラしてきた。ルクスっ! 意地でもこいつの鼻っ柱、へし折るわよっ! 」
『だから実力はあるって… あぁ、もう知らない。ナルシス、あなたも気合い入れないとヤバいかもよ!? 』
ルクスの言葉にナルシスはニヤリと笑った。
「そうでないとね。推奨レベルなんて、ただの目安に過ぎないんだから。実力以上の力を引き出して僕が勝つ。その方が相手に圧倒的な敗北感を与えるだろ? 」
「その言葉、絶対に後悔させてやるんだからっ! 」
普段は回復やサポートにまわる事の多いシエルだが、この状況ではやらざるをえない。そもそも、普段はヴァンが前面に出ている… というか、1人で突っ込んで行くため、経験値的に少しずつ差を感じていたシエルとしては、追い付くチャンスでもあった。
「さぁ、第一関門だ。攻撃しておいで。」
「はぁ? 何言ってんの、あんた。何様のつもり? 」
「ん~ 僕はここの門番、麗しのナルシス。試練に挑もうとする者を量る者。」
「誰がもう一度、自己紹介しろって? あんたみたいなのは殲滅して先に行かせてもらうわっ! 」
シエルは口にマジックシードを放り込んだ。
「シスター・シエルの名において命じる。大精霊ルクスの光の力を顕現せん。聖光弾っ! 」
上空から光の塊がナルシスを襲った。
「!? 」
シエルは自分の目をうたがった。今の自分にとってはシードまで使った最大の攻撃だった。にも関わらず… 。
「今のレベルで、この威力は及第点かな。」
シエルの放った渾身の一撃はナルシスの右手の上で止まっていた。
「僕を倒したいのは分かるけど、これでは、僕を倒さずに草花が失われるだけだ。受けてあげようと思ったんだけど、一度枯れるとすぐには生えてこないから止めさせてもらったよ。」
腹は立つが、言っている事は大精霊の門番としては至極真っ当な気がする。それがシエルには余計に腹が立った。
「さて、続けて第二関門。今度は防御力を見せて貰おうか。」
そう言われてシエルは慌ててエーテルを飲んだ。連戦になるとは思っておらず、先ほどの一撃で魔力を使い果たしていたからだ。
「回復薬を用意しているとは用意がいいね。君だけみたいだけど。」
確かに、いきなりバラバラに飛ばされたので、ヴァンにもマリクにも回復系の薬もシードも持たせていなかった。
「本っ当、腹立つわねっ! 矢でも鉄砲でも持ってらっしゃいよっ! 」
「おやおや、お怒りだね。」
ナルシスが指で何かを弾くと、シエルの前に光の波紋が出来て落ちた。
「さすがに菱… 水草の種くらいじゃルクスの防御は突破出来ないよね。でも、女の子の顔に傷を作らないで済んで良かったよ。」
「またバカにしてるんでしょ? 次は何? 」
「別にバカになんてしてないさ。第二関門合格だよ。」
これには些かシエルも拍子抜けした。
「何よ、それっ! 」
「僕がこれ以上の攻撃を君に仕掛ける為には、君のレベルの十の位を1つ上げて貰わないとレベルシンクが掛かって出来ないんだ。」
「つまり、私が弱過ぎるって事!? 」
そう問われてナルシスはゆっくりと首を横に振った。
「いや、同じレベルで比べたら君たち兄妹は充分に強いといえる。本当に弱すぎると判断していたら、この場で完膚なき迄に叩き潰して諦めさせる。それが僕ら門番の役目だからね。だから、今は弱くても伸び代、期待値、可能性。根性、意地、諦めない心。何か光るものを見せてくれれば合格なのさ。前回、訪れたパーティーは戦士は力を、魔女は才能を、射手は技術を、聖女は慈愛を、勇者は勇気を示した。それでも魔王には敗れてしまったようだけど。それでも、行くんだろ? 」
「あ、当ったり前でしょ!? もっと、もっと、もぉ~っと強くなって、魔王も、あんたも、ぶっ飛ばしてやるんだからっ! 首洗って待ってなさいよねっ! 」
「わかった。首を長ぁ~くして待ってるよ。」
そう言ってナルシスは重い門を開いた。
「あ、ヴァンたちにアイテム持っていかないとっ! 」
シエルはヴァンが無駄遣いをしないようにアイテムを全て持っていた。
「悪いけどアクアの結界があって他の門には行かれないよ。」
「えっ!? 」
他の二人にもシエルと同じような関門が待ち構えていたら大変だと思い、シエルは焦った。
「僕ら門番は試練そのものじゃない。試練に挑む資格を見てるだけだから、大丈夫だと思うよ。」
そう言いながらナルシスはシエルにエーテルとマジックシードを差し出した。
「人間界では、そう安くもないんだろ? さっき使わせちゃった分だ。持って行きな。」
「す、少しは見直してあげてもいいわよ。」
「それはありがとう。魔力もスタイルも成長して帰ってくるのを待ってるよ♪ 」
「スタ… 前言撤回。やっぱ、次こそ全力で、ぶっ飛ばすっ! 」
振り向くこともなく門の中に消えて行ったシエルを見送るとナルシスは門を閉じた。




