第十七話 沼の主・シルールス
三人の目の前で沼の中心が突如、盛り上がった。
「人間風情が何しに来たっ! 」
「えっ!? 」
強大な妖気を漂わせ、沼の中から巨体が現れた。三人はその姿に… 笑いを堪えるのに必死だった。
「えっと… ゆるキャラじゃないですよね? 」
そうシエルに問われた魔物の姿は鯰から人間のような手足が生えていた。人間が入っているにしては大きすぎるのだが、どう見ても安い着ぐるみのようだった。
「貴様ら… 精霊の臭いがするな? 誰だか知らないが、教育がなってないぞっ! 」
『それよりシルールス。お前さんこそ、こんな泥沼で何してんだい? 』
「テラ!? お前が動いたということは、こいつら勇… 者と呼ぶには頼りなさそうだな? 」
『この子たちは、勇者の子供。』
「なぁんだ、仇討ちか? やめとけ、やめとけ。返り討ちに合うのが関の山だ。あの勇者が勝てなかったのに、お前ら勝てる保証は無ぇだろ? 大体、魔王なんてのは一番強い魔物が勝手に名乗っているだけで、そいつが倒されたら次に強い奴が名乗るだけで無駄な労力掛ける意味が分からねぇ。」
「やい鯰男っ! 無駄なのはお前の能書きだ。そん時ゃ、次も、その次も、次の次も俺がブッ倒しちまうから問題ねぇよ。そのくらい倒せば残りは城の兵士とかでもなんとかなるだろ? 」
ヴァンはシルールスの巨体を前に臆する事なく啖呵を切った。
「小僧、本気で魔王に勝てるつもりか? 」
「当ったり前だっ! 負けると決まってたら、最初から挑むかよ。」
「アクアなら、3つ先の湖に居る。」
「えっ!? 」
一瞬、三人は耳を疑った。
「勘違いするなよ。お前らが今の魔王を倒せば、いずれ俺が魔王になる。それまで、その命。預けておいてやる。」
そう言い残してシルールスは沼の中に帰っていった。
「ルクス、あいつ信じて大丈夫? 」
『沼の主シルールス。結構、強い魔物だから今の実力じゃ見逃してくれるならラッキーかもね。魔物っていっても魔王の配下じゃないし、変わり者だから。でも騙すようなタイプじゃないから、用心に越した事はないけど、信じてもいいかな。』
「へぇ。魔物って魔王の配下ばっかりじゃないんだね。」
『そりゃそうよ。魔物と精霊の境界線なんて人間が勝手に決めただけだもん。』
ルクスの言葉にシエルは戸惑いを見せた。人間に害を為すのが魔物、益を為すのが精霊、人畜無害なのは妖精などと呼ばれている。しかし、確かに人間目線の呼び方でしかない。人間が支配種族とは呼べないこの世界では魔物もいい迷惑かもしれない。
「信じていいなら、先急ごうぜ? 」
兄妹ながら、シエルにはヴァンの単純さが羨ましくなる時がある。ただし、ヴァンのはシンプルな思考ではなく、ただの天然としか思えない。寧ろ天然だからこそ深く悩まないで済んでいるのかもしれない。
「そうね。行くわよ、マリク。」
「あ、ちょっと待ってよぉ。」
二人に置いてきぼりになりそうになり、マリクは慌てて追いかけた。
「お前ら、本当にあのガキ共が今の魔王に勝てると思っているのか? 」
「ん~、今のままじゃ無理よねぇ。」
三人が去った後、再び沼から出て来たシルールスに魔女が答えた。
「まったく、目にも見えない可能性なんて不確実なものに期待するとは、おかしな生き物だな? 」
魔物たちの理屈は自分より強いか弱いか、自分を基準とした相対的価値観である。だから魔物同士が争うとしたら、実力伯仲で、且つ利害関係が相反する場合に限られた。利害関係が一致していれば協力し、利害関係が無ければ無関心である。ある意味、野生動物の本能に近いのかもしれない。
「確かに小さな可能性に賭けるなんていうのは人間くらいかもしれない。でも、それを失くしたら環境による進化はしても進歩は無くなるんじゃないかな? 」
「そんなもんかねぇ。」
スリングショットを持った青年の言葉にシルールスは納得がいかない様子だった。
「まぁ、子供なんてぇのは夢や目標に向かって一直線でいいんじゃねぇか? 」
「あんたは、いつまでも一直線だけどね。」
「僕らは、あの子たちが道を間違えないよう、見守るだけだね。」
「最初に手を貸しておいて、よく言うわ。」
戦斧を持った大男と青年に魔女はいちいちツッコミを入れていた。そんなやり取りさえ、シルールスには不思議でならなかった。基本的に単独行動であり、弱い魔物同士が群れを作る事はあっても仲間という感覚が理解出来なかったからだ。
「まぁいい。これで借りは返したからな。これだから人間なんて奴に関わるとろくなことが無ぇ。」
ブツブツとぼやきながらシルールスは沼に沈んでいった。
「で、どうする? 今回は見てるだけ? 」
魔女が二人に尋ねた。
「そうだなぁ。アクアの試練次第かな。ここまで推奨レベルを、結構下回って来てるからね。」
「あの三人の事った。なんとかするだろ。」
魔女と青年は楽観的な大男に苦笑していたが、大男は気にも止めていなかった。




