第十五話 今まで以上、これから未満
訓練を終えた三人は地図に現れた大地の遺跡を目指していた。
「シエル~、水くれ水っ! 」
「何言ってんのよ。さっき飲んだばっかりでしょ? ヴァンみたいに有るだけ飲んでたら、すぐに無くなっちゃうわ。」
大地の遺跡はほぼ砂漠の真ん中にあった。精霊たちから課せられた訓練から山間部を勝手に想像していた三人には想定外だった。一直線に最短距離で進みたいところだが、水がもちそうもない。多少、迂回する事になるがオアシスを経由する事にした。
「やっぱ、そうなるよねぇ。」
オアシスには魔物が溢れかえっていた。水が必要なのは人間も魔物も変わらないらしい。中には水浴びをする者まで居て、飲料に適するとは思えなかった。
「他をあた… ヴァンは? 」
シエルの問いにマリクは黙ってオアシスの方を指差した。見れば魔物の群れに一人で突っ込むヴァンの後ろ姿が見えた。
「あのバカっ! マリク、行くわよ。」
「えぇ~!? 」
「放っておく訳にはいかないでしょっ! 」
シエルはマリクを連れてヴァンの後を追った。
「何、勝手に突っ込んでんのよっ! 」
「何って水、手に入れに来たんだろ? 」
「こんな魔物が水浴びしたような水、飲める訳、ないでしょ!? 」
「そんなの、ルクスに浄化してもらえばいいだろ? 」
「えっ!? ルクス、出来るの? 」
『もちろん。』
「な、なんでヴァンが、そんな事知ってるのよ!? 」
言われてみれば、授業でそんな話しがあった気がする。しかし、ヴァンがまともに授業を聞いていた姿を見た事が無い。シエルには不思議だった。
「あぁ、霊獣が教えてくれた。」
「霊獣って話さないんじゃなかったっけ? 」
「言葉は通じないけど、なんとなく言ってる事は解るようになってきた。」
『凄いっ! ただのマザコンじゃなかったのね!? 霊獣の言葉を理解したのって人類史上、初の快挙よっ! 』
「そ、そんな大袈裟だぜ。」
やや興奮気味のルクスに冷静そうに答えたヴァンだが、満更でもない表情をしていた。
「何か来るよっ! 」
突然のマリクの声に振り向くと黒い水牛のような魔物が突進してくる。今まで居た魔物たちも逃げ出して、あっという間にオアシスを占領してしまった。
『これは、あんたたちの手に負える相手じゃない。逃げた方がいい。』
いつになく、ルクスの声が緊張していた。それだけ手強い相手という事だ。
「待て、小僧ども。」
「しゃ、喋った!? 」
水牛が話したのではなく、水牛のような魔物である。不思議はないのだが、ヴァンは見た目にとらわれたようである。それに気づいた魔物は姿を半獣半人へと変えた。
「貴様らから、忌々しい霊獣の臭いがする。何故だ? 」
「忌々しい? 」
「共に半獣の身でありながら、奴は霊獣、俺は魔獣。何故、差別する? 」
「霊獣は味方で、貴様は敵だからだろ? 」
あぁ、また余計な事を言う、とシエルは思った。何も、こちらから敵であると態々言う必要は無いと。ルクスが逃げた方がいいと言うくらいだ。やり過ごした方が得策な筈だ。
「俺が敵? 太古の人間どもは俺を神と呼んだ。俺を恐れたからだ。俺は魔王を恐れた。奴の軍門に下った。敵の味方は敵か。人間など魔王からすれば敵ではない。お前らは俺の敵なのか? 」
「あぁ悪い。俺、頭悪いから問答って苦手なんだ。取り敢えず魔王は俺たちが倒すからさ。お前も人間、襲うなよ。お前、強いんなら人間を守ってやってくれよ。そうすりゃ、人間だって仲良くしてくるんじゃね? 」
「笑わせる。魔王を倒すだと? あの勇者でさえ敗北した魔王に? 貴様、何様のつもりだ? 」
「魔王を倒す男、ヴァン様だっ! 」
マリクは困惑し、シエルは呆れていたが、ヴァンはいたって真面目に啖呵を切った。暫くヴァンと視線を合わせていた魔物だったが、突然笑いだした。
「面白い人間だ。俺を敬うでもなく、恐れるでもなく、謗りもない。魔王に対する畏怖も無い。剛胆なのか、ただのバカなのか。貴様の行く末、見守らさせて貰う。」
「あの、魔王の配下なんでしょ? そんな約束して大丈夫なの? 」
魔物にシエルが疑念をぶつけた。本音を言えば魔王の配下が人間との約束なんて、本当に守るのかも怪しいと思っていた。
「俺も、かつては神と呼ばれた身。人間は襲わない。立場上、敢えて守ってはやれぬが邪魔な魔物は蹴散らす。なぁに、人間の一生など、我々にとってはうたた寝程の時間にもならぬ。貴様らが魔王を討てればよし。返り討ちにあったとしても魔王が咎める前に、俺は今まで通り暴れるだけだっ! 」
「きゃあっ! 」
魔物はそう言ってシエルの目の前の地面に拳を突き立てた。
「言ってる事と、やってる事が… 」
文句を言おうとしたシエルの眼前に清水が湧き出ていた。
「貴様ら、水が欲しかったのだろう? 」
「ひゃっほーっ! 」
ヴァンがいきなり両手で掬って飲み始めた。毒でも入っていたらどうするのだろう。そうシエルが止める間など、微塵も無かった。
「旨ぇ。生き返ったぁ~。」
シエルは、そんなヴァンの様子を見ながら持てるだけの水を汲んだ。




