第十三話 極寒以上、灼熱未満
次に三人がルクスの指示で訪れたのは、肌寒い鍾乳洞だった。ただ、雰囲気としては前回よりも大地の精霊の試練に向かう準備っぽいと三人は思っていた。
「寒い~。やっぱ、フラムマが先だったんじゃね? 」
寒さに震えながらヴァンが呟いた。シエルも、そうかもしれないと思いそうになるくらい冷え込んでいた。後ろではマリクがくしゃみをしながら、火を灯している。だが鍾乳洞は鍾乳石ばかりで植物も生えていない。かといって荷物は子供の持てる量など限られており、余計な荷物などなかった。燃やす物が無ければ火はすぐに消えてしまう。
「どうしよう、シエ… シエ… シェっくしょんっ! 」
「呼ぶのか、くしゃみするのかハッキリしなさいよね。取り敢えず、ヴァンの剣、燃しといて。」
「俺の剣は薪じゃねぇぞ。父さんの形見だぞっ! 」
「いちいち説明が要るの? 面倒臭いなぁ。炎の魔法剣なら、物理的に燃焼してる訳じゃないから、すぐに消えないし燃え尽きる心配もないでしょ。」
「す、凄いや、シエ、シエ、シェっくしょんっ! 」
「お、おう。なるほどな。」
一応、シエルはちゃんと説明をした。本当に理解を出来ているかは本人… というかヴァンの問題だ。マリクは、その辺りの勉強もきちんとやっていた。ヴァンが昼寝をしている間に一緒に勉強をしたので間違いない、とシエルは思っている。進むとブヨブヨとした巨大なゼリー状の塊が蠢いていた。一見するとスライムのようでもあるが、もっと水分が多いというか柔らかい感じに見えた。マリクがM.B.で見ても、まだ倒していないのでゼリーとしか書いていない。見たまんまだ。シエルが眼鏡で見てもレベルもHPも高くはない。
「こんなの、さっさと倒して先、進もうぜっ。」
ヴァンが斬りかかった途端、炎がジュッと音を立てて消えてしまった。ゼリーはといえば、何事も無かったかのように相変わらずブヨブヨしている。
「こんな水っぽい奴に、何いきなり斬りつけてんのよ? 少しは考えなさいよねっ! 」
ヴァンの言うとおりフラムマの試練を先にクリアしていれば、今の攻撃で蒸発させる事も出来たかもしれない。だが、フラムマの試練には水の精霊アクアが居ると居ないでは難易度が違う。そのアクアの試練を乗り越える為には大地精霊テラが要る。そのテラの試練を乗り越える為の特訓なのだ。そう考えるとエレメントの強弱は四つ巴なのだと再認識した。
「で、どうやって通る? こいつ倒さないと進めないんだろ? 」
「そこを考えるのも訓練のうちでしょ! 」
ヴァンにしてみれば、シエルの言うことは分かるのだが、如何せん考えるのは苦手だ。蒸発させる程の熱量は無い。凍結させる魔法も無い。だが、ルクスやウェントゥスが、この訓練を用意したと云うことは、倒す方法があるのだとシエルは考えていた。
「なぁ、こいつ攻撃して来ないし、避けて通れないのか? 」
「無理じゃな、な、なっくしょんっ! …いかな。一杯に広がってるから、失敗したら窒息しちゃ、ちゃ、ちゃっくしょん! …うよ。」
ヴァンにもマリクの言いたい事は分かった。だが、それならどうするか。そこが見えてこない。ヴァンが剣で突ついてみても剣の形に凹むだけだった。
「そうかっ! 」
マリクが突然、叫んだ。
「何か分かったの? 」
「僕が行ってって言ったら、ゼリーに突っ込んで。」
「それじゃ窒息しちゃ… いいわ。他に手は浮かばないからマリクを信じるっ! 」
「う、うんっ! 」
他に手が浮かばないからと言うのは、少し引っ掛かったけれど、シエルが信じると言ってくれたのだから頑張るしかない。シエルが信じると言ったらヴァンも文句は言わない。
「行ってっ! 」
言われたとおりにヴァンとシエルはゼリーに突進した。
「ウェントゥスっ! 」
マリクの声に応えるように巻き起こった突風が、柔らかいゼリーの体を押し退け、三人をゼリーの向こう側へと運んだ。
「やったわね、マリク。」
「う、うん… でも… この暑さ、何? 急激な温度差は体に悪いよ… 。」
ゼリーが、この熱気をも遮断していたのだろう。灼熱とまでは言わないが、かなりの酷暑が待ち受けていた。
「マリク、風で涼しくならねぇのか? 」
「やめときなさい、マリク。」
ヴァンの提案を、あっさりシエルが却下した。
「何でだよ? 森の中とか、風が吹くと涼しかったろ? 」
「扇いでみれば分かるわよ。」
シエルに言われるままにヴァンは自分を手で扇いでみた。
「ぶっ」
結果は熱風に咽いだだけだった。
「あんたは寝てて聞いてなかったでしょうけど、授業で熱気の籠った場所で風を起こしても熱風が吹くだけで、最悪、肺とか火傷するから注意しなさいって先生が言ってたのよ。」
「酷ぇなぁ。そう言ってくれれば、余計な暑い思いしないで済んだのに。んじゃ、マリク、シエル、あれやるぞ。」
「あれ? 」
「ウェントゥスん時にやったやつ。あれで天井、ぶち抜けば煙突みたいに熱が逃げるだろ? 」
「理屈はあってるけど… 天井じゃなくて上の方の壁面にしてくれる? 下敷きになるのはゴメンだわ。」
そう言いながらも三人は力を合わせて壁面に穴を空けると、中の気温は酷暑から真夏日くらいには下がった。
「今のうちに抜けるわよっ! 」
不用意に空けた穴。いつ崩落するかもしれないと考えると、三人は足早に洞窟を抜けた。




