第十二話 期待以上、目的未満
「やっと、頂上が見えてきたぜ。」
先頭を歩くヴァンの前に頂きが見えてきた。予定では訓練の予定地点。ここからが本番の筈だ。だが山頂で、どんな訓練を行うのか聞いていない。見渡してみても何も居ない。
「ルクス、何も居ないけど、あんた達が訓練の相手? 」
『私たちの相手なんて十年早いわよ。』
「よねぇ。天気も曇って… 」
急に山頂が影に覆われ、山の天気は変わりやすいものだと空を見上げたシエルの目に映ったのは雲ではなく、巨大な鳥の姿だった。
「な、何!? 」
シエルは動転していたが、ヴァンは既に身構えていた。良くも悪くも本能で動く。こんなヴァンをシエルやマリクは羨ましく思う事がある。ごく稀に。凄く偶に。ではあるが。舞い降りて来るかに見えた巨鳥だが、途中で羽ばたき、上昇すると旋回を始めた。猛禽類などでは滑空旋回からの急襲なんて事もある。上空の相手ではヴァンは喧しく騒ぐくらいなもので、襲って来たらマリクの魔法くらいしか攻撃手段は無い。ルクスやウェントゥスの力を借りれば何とかなるかもしれないが、それで訓練になるのだろうか。シエルは最初に出会った青年のスリングショットのような武器があればとも思ったが、それは無い物ねだりと云うものだ。ヴァンは巨鳥が降りて来るのを待っていた。空を飛ぶ魔物対応策としては、1.こちらも飛ぶ。2.射ち落とす。3.地上で待つ。併用を除けば大きく分けて、この3つだと思われる。現状、『空飛ぶ箒』や『魔法の絨毯』、『飛空挺』といった類いの道具は無いので1.は無い。射ち落とそうにも飛び道具はマリクの魔法しかない。威力が足りる足りないの以前に射程距離が足りない。つまり上空の魔物を射ち落とす手段が無いので2.も無しだ。三人に残された手立ては精霊の力を借りない限り、3.しかない。ただ、相手が鳥であれば生態が知れているので待ちようもあるが、魔物相手となると、いつ、どんなタイミングで降りてくるか、襲って来るか、もしくは、このまま飛び去ってしまう事だってあるかもしれない。まだ、一度も倒していないのでマリクのM.B.にも詳細は、まだ載っていない。案外、ヴァンの喧しく騒ぐというのも、降りてこさせる為の挑発だと思えば的を得ているのかもしれない。だからといって、素直に降りてきてくれる相手でもなさそうだ。
「はぁ、何か餌でも撒くしかねぇんじゃね? 」
「餌!? それだっ! 」
「それ? 」
何も考えていないのか、よく考えているのか。兄妹であってもシエルはヴァンが掴めなかった。ただ、いざというとき頼りになる、というか役に立つ存在ではある。
「ヴァン、餌になりそうな魔物、狩ってきて。マリクは準備が出来るまで、あいつを牽制して。私は薪を集めるから。」
「魔物を買う? 」
「買うんじゃなくて狩るのっ! 」
「あ、おぅ。」
ヴァンはやっとシエルの意図を察した。
「二人とも、早めにね。」
「急ぐけど、踏ん張りなさい。男でしょっ! 」
こんな時ばっかり男扱いされても、とは思ったが空を飛ぶ魔物を牽制する手立てが魔法しかない事はマリクも分かっている。シエルが薪を集めると言っていたのでヴァンが餌になりそうな魔物を狩って来たら、焼いて匂いで上空の巨鳥を誘き寄せようというのだろう。眼鏡を持つシエルが言うのであれば、攻撃が当たりさえすれば、何とかなるに違いない。三人は互いに信頼して行動していた。
「あぁ、焦れったいなぁ。」
三人の様子を伺いながら魔女がぼやいていた。
「僕らの最初は、もっと酷かったよ。」
そんな魔女の後ろから青年が声を掛けた。その横には戦斧を担いだ大男も立っていた。
「あら、こんな所で同窓会? 」
「勇者とマリアが居ればね。」
青年の言葉に魔女がため息を吐いた。
「ハァ。まさか、あの二人の子供たちを見守る事になるなんて皮肉よね。血筋がいいから優秀なんだけど、今の私たちからすると物足りない所ばっかり見えちゃう。やっぱ、私に親は向きそうもないな。」
「マリアは元々、修道師の家系だったけどよぉ、勇者は普通の子供だったじゃねぇか。」
大男の言葉に魔女は頭を振った。
「勇者は… 血筋は普通でも、才能の塊だったじゃない? 一つ一つは私たちの方が上でも、一通り何でも出来るって普通、居ないもの。」
「その勇者が倒せなかった魔王に挑もうっていうんだ。その目的には、まだまだ遠いけれど、あの子たちは現状の期待以上のものを見せてくれているよ。」
青年の言葉に魔女と大男も頷いていた。
「今よっ! 」
そんな見守られている事など、露知らぬ三人は巨鳥を倒すのに必死だった。シエルの掛け声と共に、ヴァンが風切羽を斬り落とした。魔物といえど巨鳥。こうなると上に飛ぶ事が出来ない。そもそも、この訓練は今まで戦った事の無い上空の敵の対処が目的だったので、レベルそのものは高くなかったらしい。
『はぁい、訓練の第一段階終了。』
「第一段階、終了だって。」
シエルがヴァンにルクスの言葉を伝えた。するとヴァンが首を傾げた。
「第一段階? 」
『当たり前でしょ? これから行くのはテラの試練なんだから、これからが本番よ。』
言われてみればルクスの言う通り、大地の精霊の試練と空飛ぶ魔物に関係は無さそうに思える。この訓練が終われば次の試練だと思っていたヴァンは、シエルからルクスの言葉を聞くと項垂れていた。




