第十話 現状以上、予定未満
そうすんなりと、いくようでは訓練にならない。とはいえ、まだ子供の三人にとっては、かなり厳しい山道だった。そして、適度に魔物が襲ってくる。道程だけを考えていたヴァンにとっては、体力の浪費でしかない。マリクは魔力消耗を抑えるべく、眼鏡を持つシエルから情報を貰いながら、必要以上に威力の強い魔法を撃たないようにしていた。シエルはと言えば、回復に撤していた。当然、主な戦闘はヴァンに集中する。一見、傍目には不公平に映るかもしれないが、精霊を宿したシエルとマリクには、MPの消費と回復という課題があり、ヴァンは実戦経験を積んでいる。三人は順調に経験値を取得してレベルアップをしている。理には叶っているのだが、精霊を宿していないヴァンにはルクスやウェントゥスの声が聞こえていないので、二人の課題など知らない。
「お前ら、狡ぃぞ。もっと攻撃して手伝ってくれてもいいだろ? 」
ヴァンからすれば、精霊を宿して強力な攻撃魔法が使えるのだから、自分ばかりに戦わせるなという理屈なのだろう。しかし、そんな事をやっていたら、連戦では、あっという間にMPが枯渇してしまう。連戦の後に中ボスでも現れたら目も当てられない事になる。得てして、こういう場面で中ボスは現れるものらしい。山の中腹、少し開けた場所に、それは居た。
「なんだ、こいつ!? 」
先頭を歩いていたヴァンの前に現れたのは、大型の猪の魔物だった。
「見りゃ分かるでしょ? あんたが言うみたいに雑魚戦で魔法使いまくってたら、こういう時に困るのよ。」
「あぁ、お前らだけ中ボス戦があるって知ってたんだろ? やっぱ、狡いぞっ! 」
自分だけが精霊の声が聞こえないので、ヴァンはシエルの言葉にも疑心暗鬼になっていた。
「ふぅ… 、こんなの、お約束でしょ? なんなら今のうちに言っとくけど、最後に、こいつより強い魔物が待ち構えているのが普通よ。」
「そ、そうなのか!? 」
シエルに言われてヴァンがマリクの方を見ると、マリクも頷いていた。
「ヴァンは授業中、寝てばっかりいるからだよ。」
「うっ。」
マリクにそう言われてヴァンは返す言葉が無かった。自分が強ければ魔物についての授業なんか関係ないと思っていた。だが、実際に村の外に出て、初めて強くなる事自体の大変さを知った。
「こいつの弱点は火属性みたい。レベルはこっちも多少は上がっているから、ウェントゥスの試練の時に使ったやつで、いけると思う。マリクは風で動きを止めてっ! 」
眼鏡を掛けたシエルが指示を出す。
「弱点は火属性なんだろ? なんで風で動きを止めるんだ? 」
「こんな時にくだらない質問しないでっ。こんな山ん中で、そんな事したら山火事になって私たちまで逃げられなくなるでしょっ! 」
「そんな、怒らなくても… 」
マリクはシエルに睨まれて、その先を言うのを止めた。そして魔物の足元を気流で覆った。魔物は何とか足を抜こうとするが、足に気流がまとわりついて思うように動けない。
「今よっ! 」
シエルの掛け声と共に、マリクはヴァンの剣に炎を纏わせた。
「ルクスっ! 」
シエルの放ったルクスが剣の炎を強化すると、ヴァンは剣を魔物に突き立てた。ルクスによって強化された炎の剣は魔物の剛毛と硬い皮膚を難なく貫いた。
「どうだ、これなら炎で山火事にならないだろっ! 」
「何、ドヤ顔してんのよ。あんたなら、そのくらい出来て当然でしょ? 」
「お、おぅ。」
ヴァンはシエルから、あんたなら出来て当然と言われて戸惑っていた。
「マリクもウェントゥスの力と火の魔法を同時に使えるなんて凄いいじゃない。」
マリクもシエルから凄いと言われて戸惑った。
「ぼ、僕はシエルの指示に従っただけだよ。」
「私はウェントゥスの試練の時と同じ事しか、してないもん。二人が成長した証拠よ。何しろ、今回はシード使ってないもの。」
「よっし。これで次の試練は先が見えたな。痛っ!? 」
ヴァンの言葉にシエルは反射的に頭を叩いていた。
「ちょっと褒めると図に乗るんだから。まだ、私たちは、やっと一つ前の試練に挑める程度になっただけだよ? この山の訓練のボスを倒しても、次の試練の入り口に立った程度だと思ってちょうだい。シードだって残り少ないし、超高価なんだから出来るだけ使わないようにしないと。シードに頼ってるようじゃ、とても魔王なんか倒せないわよっ! 」
「分かったよ。先に進もうぜ。」
「今日はここまでっ!
歩き出そうとしたヴァンが思わず転けた。
「なんでだよ? 少しでも進もうぜ? 」
「中腹までで1日掛かったのよ? 焦っても仕方ないでしょ。それに精霊魔法は私やマリクのMPじゃ、一回使うと結構消費しちゃうの。ここで中ボス戦って事は、ここから魔物が強くなるかもしれないし。それに、この先、休めるような広い場所があるか、どうかも分からないんだから今日は、ここで泊まるわよ。」
『さっすが、マリアの娘。完全に男どもを手玉にとってるわね。ちょっと褒めて、やる気を出させて。でも、図に乗らせない。』
「ル~ク~ス~っ! 」
『怖い怖い。こんな処までマリアそっくり。』
男どもを手玉と言われて少し腹も立ったが、マリアにそっくりと言われて嬉しくも思うシエルだった。