第一話 村人以上、勇者未満
『勇者敗れる! 』
この第一報は瞬く間に世界中に広まった。人々には絶望が広が… らなかった。人々は次なる勇者探しを始めた。中には自称勇者が、村や町で接待を受けた挙げ句、何もせずに逃げてしまう勇者詐欺などという輩も出没する始末。それでも人々は勇者を渇望する。きっと自分たちを救ってくれる勇者が現れるのを。だが、誰一人、自ら勇者に成ろうとはしなかった。勇者を破った魔王に自分が勝てるはずがないと。そして、そんな人々は勝手に勇者の三人の子供たちに期待を寄せた。
「あんたらねぇ、こんな年端もいかない子供たちに何すがろうとしてんだい? 」
子供たちの母親、つまり勇者の妻だったマリアは扉の前に立ち塞がった。彼女にとっては愛した相手が、たまたま勇者だっただけで勇者だから結婚したつもりはない。そんな彼女にとって、亡き夫の忘れ形見の子供たちに魔王と戦うような人生を歩ませる気は毛頭無かった。しかし、運命というものは、そんな母の願いを押し流すようにやってくる。
「魔物が出たぁっ! 」
勇者が魔王の城まで辿り着いていたのだから、中ボス級の魔物は現状居なかった。しかし、補食する物も退治する者も居なくなった雑魚モンスターにとっては暴れ放題である。どんなに雑魚のモンスターでも、村人のする事といったら家に閉じ籠って、やり過ごすのみであった。兵隊たちは城の守りで精一杯、傭兵を雇う金も無い貧しい村では普通の光景であった。とくに、この村は勇者の加護に守られていたためにモンスターに対する警戒という意識が希薄だった。
「あなたたちは奥に下がってなさい。」
マリアも以前は勇者のパーティーメンバーだった。ヒーラーではあったが、杖で殴るくらいの芸当は出来る。村人の鍬や斧の方が威力はありそうだが、村人にはモンスターに立ち向かう勇気が無かった。
「僕たちも戦うよっ! 」
下がっているよう言われた子供たちだったが、母親を一人で戦わせる事など出来なかった。それが勇者の子供と村人の差と言えるかもしれない。マリアが止める間もなく子供たちは飛び出していった。魔物といってもスライムが数匹、離れなければ何とかなると思っていた。三人は三つ子であったが、バランス型の父とは違い、得手、不得手があった。剣の得意なヴァンが殴る。まだ子供なので鉄の剣など振り回せないので木の剣だから斬る事は出来ない。魔法の得意なマリクは火の玉を放つ。大した火力は無いので、何発も何発も一生懸命に射つ。当然、MPが切れてしまう。そこで回復の得意なシエルがヴァンの怪我を治しながら、マリクに魔力回復のアイテムを渡す。半分以上はマリアが倒したが、子供たちも頑張った。手に入れた経験値は少なかったが、元のLvが1だったので、何とか2に上がった。この様子に何も出来なかった村人は無責任にはしゃぐ。
「さすが勇者様の奥様とお子様だ。モンスターに立ち向かう勇気、お見事なものです。」
この様子にマリアは呆れていた。何も魔王に攻め込めと言うのではない。村に入って来た、木の棒で殴れば子供でも倒せるスライムを倒すだけだ。こんな弱い相手でも、多少の経験値にはなる。塵も積もればレベルアップ。自警団を作れるくらいにはなるだろう。だがマリアは勇者との旅で知っていた。村人とは旅の手助けはしてくれても、一緒に戦ってはくれない事を。そして子供たちが村人以上の強さを手に入れた事を。
「母さん、俺、旅に出る。もっと強くなって父さんの仇を取るんだ。」
ヴァンが言い出すと二人も続いた。
「ぼ、僕もっ! 」
「しょうがないわね。あんたたちだけじゃ母さんが心配するから私も行ってあげるわ。」
三人の父親も最初から勇者だった訳ではない。マリアを守る為に、スライムを拾った木の棒で倒し村人以上の強さを手に入れ、魔王を倒す決意をした。マリアもそれについていった。そんな子供の頃をマリアは思い出していた。
「もう、誰に似たんだか… 。もう少しこの辺でレベル上げしなさい。レベルが5になったら出発していいわ。それから三人ともがレベル100になるまで魔王に挑まない事。誰か一人でも諦めたら、他の二人も諦める事。武器と防具は最強の物を手に入れる事。それだけは守るって約束できる? 」
「うん、約束するっ! 」
このマリアとの約束の難易度の高さに三人が気づくのは、もうしばらく先のお話し。