嵐の七日間 中編
四日目。
洗面所で楓のメイクレッスンを受けた後のこと、いつもの通り朝食を取っていた。テーブルの上には、折りたたまれて新聞と広告が置いてあり、今日も高校に行くつもりのなかった俺はテレビの番組一覧を見るために、その両方を手に取った。
その時、新聞と広告の間から一通の手紙が床に落ちた。
手紙は真っ白な封筒に入っていた。
手紙を拾い上げた俺の眼に飛び込んできたのは、自分の名前の書かれた封面。その裏面には差出人の名前はなく、また切手も張られていなかった。
「楓、この手紙に心当たりはないか?」
楓に手紙を見せてみたが、楓は眉間にしわを寄せるだけだった。
「そんな手紙に心当たりはないかな。大体、宛名が私じゃないし、私の知り合いに差出人の名前を書けないような人はいないよ」
「それもそうか」
手紙の宛名が自分のものだったことから送り間違いではなさそうだということよりも、そもそも切手が貼られていないという事実から、直接届けられたものであると思った俺は手紙の封を開けてみることにした。
カッターで閉じの部分をさっと切り落とし、手紙の中から取り出す。
二つ折りになっていた手紙を開き、内容に目を通すとそこには驚きの内容がと言う前振りを踏まえたいところだが、そんな内容はどこにも書かれていなかった。
書かれていないにもほどがあるほどに内容と言えるようなものは本当に書かれていなかった。
内容は大体こんな感じ。
「谷崎瑞樹様
僕は、現在あるゲーム会社の跡地に拠点を構えている男性だ。
今の君の情報をもっと知りたいのであれば明日の夕方にでもここに来て欲しい。
追伸
学校にはちゃんと行った方がいい。これは先を生きる年長者としてのアドバイスだ」
この内容の下には丁寧にも拠点の地図が手書きで記されていた。
この内容を読んで、あえて驚くのであればきっとここだろう。
君の情報をもっと知りたいのであれば。
これは今の俺の状況を知っていると物語っているようにも聞こえる。しかし、深読みかもしれない。
ちなみに俺があえて驚くなんて言い方をしたのは、この内容自体にツッコミを入れたかったからだ。例えばこんな風に。
「これで行くやつがいるか!」
「どうしたの、お兄ちゃん」
いきなり大声を出した俺に驚いて楓が心配そうにこちらを見る。まだ楓には手紙の内容を伝えていないのでしょうがないことだが、ツッコミを抑えられなかった俺のこともしょうがないと許容して欲しいものだ。
楓に手紙を渡して、楓が内容を確認してから、でもこれは、と話し始めた。
「内容自体は薄っぺらくてわかりづらいけど、今の状況を進展させるチャンスであるとすれば行かずにはいられないんじゃない」
「それはそうだけど」
楓は俺のツッコミに合わせた感じで話を返し、俺は渋々肯定を返すしかない。
事実、切羽詰まった状況ではないにしろ、今の俺の状況を打開する案が八歩塞がりであるところはそうなのであった。
藁にも縋る思いで行くとなんとなく文面から後悔するような気がするので、お試しで行く感覚にはなると思うけれど、それでも行くことは決定していた。
それでも俺は嫌がらずにはいられない。
理由はざっくり二つ。
この格好で出歩きたくないのと、いろいろと不慣れで一人が不安であることだ。
なので、俺は楓に同行を求める。
「楓も一緒に行ってくれないか」
「お兄ちゃんが心配だし行きたいのはやまやまなんだけど、その日は友達の家でパジャマパーティーの予定だから、夕方ごろって書いてあるし一緒には行けないかな」
「そんな・・・・・」
俺が絶望の淵に立たされたような顔をすると楓が慰めの言葉をくれて、それでもかわいい子には旅をさせよではないけれど、叩き落された。
「お兄ちゃんなら大丈夫だよ」
「じゃあ、俺もその日は止めにして次の機会に」
「お兄ちゃんはその場所にしっかり行って、しっかりいろいろ聞いてくるんだよ?」
「え? いろいろって」
俺が引きつった顔をしている反面、楓は上目使いに言ってくる。父さんが母さんに怒られている時も、母さんはこんな顔している時があったようななどと、逃げ腰になった頭で何か違うことを考えようとしていた俺に楓は追い打ちをかけてくる。
「例えば、その身体のこととか」
「なんで例えが身体なんだよ」
「お兄ちゃん、もとは男だからエッチな妄想とかしてそうだし?」
「疑問形でひどいことをサラッと言うな」
俺と楓のやり取りが、なんだかコントみたいになってきているのは触れないでおくとして何を聞くかはほとんど決まっていた。
「じゃあ、エッチな妄想はしないっていうの?」
「じゃあってなんだよ。後出しの権利でも持っているのか」
「持ってないけど、気になるもん」
「ならば答えない」
「その権利は今のお兄ちゃんにはないんだよ」
「ないのかよ」
俺は思い切りツッコんだ。ツッコまざるを得なかった。
「今はお姉ちゃんだからね。女の身体は私の方がより詳しいんだよ。サラッと間違ったことをされる前に異変には気づいておきたいんだよ。だからするの? しないの?」
「じゃあ、参考がてら教えるけど、エッチな妄想は一度したがそれからはしてない。するとなんだか身体が変に熱くなる感じがして怖いからしないように心がけてる」
嘘である。エッチな妄想は二度していた。
だが、そんなことよりもこの話が良からぬ方向に行く前に、先ほどの話に戻したかった俺はそんなどうでもいいところで小さな嘘をついて抵抗を試みてみた。
「頭も沸騰する感じなの?」
「あまり変わってない気がするけど、どうしてだ」
そこで楓は少し考える風に手を顎に添えてから結論を出した。
「もしかしたらお兄ちゃんの身体は女体になったけど、脳はそのままなのかも。実際検証例がないからわからないけど脳を別物にしたら記憶までそのままであることもないかもだし」
「それっていいことなのか。まあ確かに記憶があるってのは救いだけど、女性にはなっているわけだしあまり変わらないんじゃ」
「そうでもないよ。お兄ちゃんは女性の快感には気を付けないといけないって理由が見つかったし、慣らしていくことも、また重要ってわかったから」
「どういうことだよ」
「知らないの。女性の快感って男性に比べて量より質って感じで十倍、もしくはそれ以上なんだよ。そんなの慣らさずに味わったらお兄ちゃん廃人だったかもね」
「・・・・・」
どうでもいいところで嘘をついたが、どうでもよくはなかったようだ。危うく変なところの扉を蹴り飛ばしてしまうところだったのかもしれないと考えるとぞっとする。気が付けば額に変な汗がジワリと浮かんでいるような感じがした。
以後もっと気を付けよう・・・・・
その後、もう少しこの話を続けるのかと思いきやすんなりと話をもとに戻した楓は、
「どうせお兄ちゃんのことだから聞くことはもう決めているだろうし、私が念を押さなくてもちゃんと行ってくるとは思うんだけど、私からも一つ聞いてきて欲しいことがあるんだ」
「聞いて欲しいことってなんだよ」
「どこからお兄ちゃんの状況を知ったのかだよ。答えによっては違う見え方になるかもだからね」
それは俺も聞こうと思っていたことの一つだ。
違う見え方というのはきっと今ある男性像のその見方。信用に値するか否かとか、頼るにふさわしいかとかそんなところ。
「わかった」
俺はとりあえず了承する。
とりあえずと言うのは、場所に行ったからと言って男性に会えるともはたまた話が通じる相手だともわからないからだ。
この後は特に何もなく、楓は学校に行く時間になり、俺はそのまま部屋に一人になった。
俺たちの夕食はどちらかが何かで遅れたりしない限り、ほぼ七時過ぎには食べ始める。
今日もそれは変わらなかった。
そして食べ終わる時間も。
俺たちが食べ終わってしばらくしてから、順々にお風呂に入り始めた頃、ちょうど俺がお風呂に入っている時に電話が鳴った。
テレビを見ていた楓がその電話に出る。
声の相手はとても怒っていた。
「もしもし、そちらは谷崎さんのお宅で間違いないでしょうか」
「はい。そうですが」
「その声は楓だね」
何を隠そう電話の相手は俺たちの母さんだった。
「この三日間の銀行からの決済額が異常に高いんだけど、楓は何か知っているのかい」
「知っていると言えば、知ってるけど」
「隠さなかったら怒らないから言ってみな」
怒るときの定番文句である。しかし、言わなくても怒られるとわかっていた楓は事実を言った。
「実は、お兄ちゃんがお姉ちゃんになって、服とか化粧品とかいろいろ買ってたら、そんな感じになった? みたいな」
ちょっとばかし茶目っ気のある女子の言い方をしてみた楓であったが、逆効果であった。
「隠すときはもっとましな嘘をつきな」
怒られた。早口で捲し立てるように怒られた。
「違うんだよ、ママ。事実なんだって」
「あんたたちが夏休みになったら一度、帰るからその時証明して見せるんだね」
そして電話は切られた。
本当に時間がなかったのか、久しぶりに掛かってきた電話は世間話も心境の心配もなく、話す間もなく切られてしまった。
その後、お風呂から上がった俺はその話を聞かされて、また別の話で焦ることになるのだった。
最近、プロローグの日に辿り着くまでにここまで書くなんて思っていなかった私です。
見た目百合っぽいところというか、そういうシーンはその後にという予定でした。
そこまで長くて楽しみにしてくれている方がいたら申し訳ないです。




