③
その夜、「勇者」のいる寝室に忍び込んだ私。
勇者だけあって、私が彼の前に立った時には、既に侵入した者の気配を察知し、ベッドから身を起こしていた。
相手が「聖女様」と気づいて「どうしたんだい?」と優しい顔を向ける。
ベッドの前で対峙する私は、両手で掴んだローブの裾を何も言わず限界までたくし上げた。
着衣は薄手のローブのみ。下には何も身に着けていない。
月光に照らされ白く浮かび上がる、シミひとつ無い裸身。
足の付け根の僅か上方。盛り上がった蠱惑の部分は、しかし『花園』と云うには不毛すぎる。
所詮勇者など欲望の権化。出された膳は全て平らげるだろう。
一時でも身を委ねてしまえば、後は流れに任せてどうとでもできる。
そんなつもりであったが、この勇者はローブをたくし上げた私の両腕を「そんな事しちゃいけないよ」とばかりに掴み上げる。
ローブの裾が落ちて敢え無く元の様相に戻った。
次いで勇者は私の瞳を覗き込み、
「君が今まで籠の中の鳥で、そこから逃げ出したいと強く願う気持ちは分かっているよ。
だからって自分の『大事』を焼け鉢に捨ててはいけない。そんな事をしても何も解決しやしないよ。
誇りを持って生き続ければ、必ず道は切り開かれるんだ」
そんな事を優しく語りかけた。
あら、ヤダ。この勇者。凄くイケメン。
これで終わり。このまま部屋からつまみ出されておさらばかと思いきや。今度は勇者が私の背中と膝に腕を回す。
「ちょっと、何するんですか」
打って変わった狼藉に、さっきまで捧げる一心だった私が情けなくも狼狽えてしまう。
しかし勇者は臆せず、そのまま私の事をヒョイと軽々しく持ち上げてしまうのだ。
「きゃっ」
可愛い声を出すのは、勇者にお姫様抱っこされてしまった私。乱暴しようとしたわけじゃないのね、勘違いしてしまった。愛おしさについ反射的に勇者の胸に頭を寄せてしまう。
私を抱きかかえた勇者は、そのまま2階の窓から飛び降りた。
「えええええええええ!?」突然の事に転落の衝撃に身を構える私。2人の身体は、下に待機していた馬車の幌に軟着陸した。
幌の上で抱き合って一回転。地面に降り立った私を、勇者は馬車の中に優しく放り込んだ。
中ではパーティーのメンバーが私の事を待ち構えていて、
「へぇ。勇者の奴本当に連れて来ちゃったよ。やるぅ」サバサバした女盗賊。
「全員揃ってますね。さぁ、気づかれる前に出立してしまいましょう」実直そうな吟遊詩人。
「アンタ、昼間っから私達に着いて行きたそうな顔してたからさ。こうして逃走できるよう仕組んだわけよ」これは女魔法使い。
違います。「ちょうどいいや勇者に純潔捧げちゃう。そして元の体に戻るのに勇者一行を利用できないかな」などと考えていただけなんです。
「よ、これからよろしくな」そして、幌の間から顔を差し込む勇者。
などと、一行は出迎えた私を歓待。口々に歓迎の言葉を言い交わすのであった。
ちょっと何これ急展開。私の行動読まれてた? 略奪逃避行の始まり? 気がつけば馬車はとうに走り出し、私がいた教会は見る見るうちに小さくなってやがて見えなくなった。