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 俺が魔王である。

 と言っても最近世襲で魔王に就任したばかりで、俺の周囲は若輩者の俺の地位を奪おうと、機会を虎視眈々と狙っている奴らがうようよ。まぁその辺については今はどうでも良いんだ。



 実は最近困っていることがあるんだが。

 と言うのも最近、毎夜毎夜人間界の聖女様と繋がっているんだ。


 ああ! 勘違いしないでくれよ。「繋がっている」と云っても「物理的」な、特に「粘膜的」な話じゃなくてだ。

 こう、精神的な繋がりの事を指しているんだ。


 人間の中には精神感応の力が取り分け強い者が稀に存在する。そういった者は、本来『神』や『精霊』といった上位存在と精神世界上で接触する訳である。

 そのとある地方の聖女様は、どうやら何らかの拍子に、魔王の俺の『精神』とリンクしてしまったらしい。


 それで共に就寝している時間。毎晩俺の『夢』の世界を垣間見る彼女。こちらからも彼女を認識できる。人懐っこい顔立ちの栗毛が眩しい子。睫毛もパッチリとして、湖のように澄んだ瞳を際立たせている。

 そんな犬っころみたいに撫で付けてやりたい彼女が、境界を隔て俺の「夢」を覗き込む。


 で、朝起きると、その元来温和な表情を一転険しいものにし、その日の集会で信徒に向かってお触れを出すわけだ。

 「邪悪なものの胎動を感じます」だの「導かれし者よ集いなさい」その手の文句を。


 俺は魔王だから人間にそんな事を言われたり、「討伐すべき対象」といった悪しきイメージを持たれているのは気にしない。


 だがやはり気持ちが悪い。

 だって自分の夢の中を覗かれている訳である。夢ってのは謂わば無意識の反映。自分では制御できない産物なのである。後から振り返って自分でも何でこんな夢見たのか分からない。でも現実世界での記憶が歪な形でそこかしこに反映されているわけで始末が悪い。

 それを他者に覗かれてしまうとか、夢見が悪いとは思いませんか、文字通り。

 それは魔王だって同じだ。むしろその強さが精神世界に依存する魔族だから尚更。


 こうした『逢瀬』が幾晩も続き、いい加減事態を解決しようと思いたった俺。

 夢の事を尋ねるなら夢の専門家に尋ねるべきと、麾下のサキュバス族出身の幹部に相談(思えばこれが全ての間違いの始まりだった)したところ、


「ふーん、要するに彼女の精神感応が厄介ってことでしょ。なら簡単。彼女のことを『汚して』、『聖女』の資格を奪ってしまえば良いのよ」などと、いとも簡単に言うのであった。


「で、肝心のその方策は? まさか聖女のいる教会を直接襲撃する訳にもいかない。そんな事をしたら人類と全面戦争開始は必至だぞ」と俺は問い返した。


 俺の忠実なる、ただしその思索を向ける方向は定かでないこの淫魔は、「貴方が直接彼女の精神に働きかけるのよ。彼女の身体を乗っ取って、後はどの様にでもすれば良い」


「俺に人間の身体を乗っ取れと。しかも聖女の」

「それが一番手っ取り早いのよ。やる事済ませたらすぐに戻って来れば良いのよ」


……「魔王なら其れ位たやすく出来て当然でしょ。たかが人間の1個体に憐憫など不要じゃない」的視線で見やられては、俺も威厳がある。言う通りする他無かった。





 その夜、サキュバスから献上された「ユメワタリ」の薬を飲み干した俺。早々に床につく。

 なんでもこの薬は、「夢」を通じて、本来は「境界」で隔てられた相手の精神に渡ることができるらしい。で、そのまま相手の精神を追い出してしまえば、その者の身体の乗っ取りが可能だそうだ。で、可愛そうだが彼女の「純潔」を『撤去』。後はタイミングを見てまた就寝、離脱すれば良い。

 「カラ」になった俺の本来の身体は、俺が眠りについたこの場から一歩も動かず、部下によって厳重に管理されるから、憑依している間の心配は無用である。


 いつしか俺は眠りについた。今宵もやって来た、「夢の世界」。それは就寝中の曖昧な意識を反映するかのように周囲が靄がかった世界となって顕現する。

 俺が就寝して間もなく、目当てのお相手もやって来た。未だこちらの存在に気がついていない。


 薬の影響下にある俺はたやすく『境界』を飛び越し、『彼女』のいる側に飛び移った。そして彼女が振り向いて俺の「到来」に驚く暇も与えず、俺は背後から華麗なドロップキックを、修道服から盛り上がる彼女のお尻にお見舞いするのだった。


 もんどり打って頭からモヤモヤが固まってできた『壁』に突っ込む聖女様(突然ごめんね)。蹴ったのは俺なのに、俺自身がお尻にキックの衝撃を味わい、そして、俺の『意識』はバッと目を覚ました。




 目を開けた俺。視界に飛び込んでくる見知らぬ白い漆喰の天井。むっくりと起き上がる、両手を眼の前にやった。華奢な手。細くて白い、10本の指。

 ぼんやりした表情のまま、手を頭に持っていって前髪を一房掴む。そのまま眼の前まで引っ張った。


 夢の中で幾度と見た、栗色の髪が眼の前に。窓から差し込む太陽の光線で、淡く透けているのであった。


 どうやら私は、本当に聖女様の身体に憑依してしまったらしい。


 掛け布団を身体からのけて、ベッドから出て立ち上がる。

 夢の中のイメージでは修道服だったが、今着ているのは質素な白の寝巻き。下履きは五分丈のドロワーズ。裾のレースがささやかな贅沢。こうして見ると、外面は本当何の変哲もない女の子だぁ。

 両手を胸にあてがい、寝巻き越しに抑える。魔王の私がガッカリしてしまうほど、そこは貧相だった。


 部屋の中には私一人なのを幸い、気ままに身動きを取る。手を前後にブラブラ。次いでぴょんぴょん跳び上がる。

 大丈夫。問題なく私の意志通りに動かせる。乗っ取りは問題なく遂行された。


 『夢』の中で精神を蹴っ飛ばした聖女様はと言うと……。いました、私が寝ていた質素なベッドの脇。


 床にコロコロ転がる綺麗な水晶玉。握りこぶしを2つ重ねたほどの大きさ。

 その中には、自身の「身体」から放り出された聖女様の魂が封じられている。

 今の聖女様は魂のみの存在となり、一糸纏わぬ生まれたままの姿。両脚を胸の前で抱きかかえた赤児の如きポーズを取り、目を閉じて安らかに眠っていた。


 私はそいつを拾い上げて、ひとまずデスクの引き出しの中に隠した。

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