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たんぽぽ的哲学  作者: 出入弦杜
初等講座
10/23

『孔子』2

「『衆これを悪むも必ず察し、衆これを好むも必ず察す』

 孔子様が述べています。


  皆がこれを悪いと言っても、必ず自分で確かめてみる。


  皆がこれを良いと言っても、必ず自分で確かめてみる。


  他人の意見に盲従しない。


 習慣や、慣習等に倣い、自分でも気がつかない内に盲従しているということもありますし、特定の場面で大多数の意見に吊られてしまうということもあります。


 赤信号だけれど、皆が渡っているから自分も渡ってしまったという経験がある人は大勢いると思います。

 

 しかし、マジョリティがいつも正しいとは限りません。


 限られた範囲の中では、一人の意思がマジョリティを動かすということもありますし、マジョリティ自体が悪意をはらんでいるということもありえます。


 生まれた時からそのマジョリティの中で育った者は、敢えて、それが善か悪か確かめてみようとはしません。


 理由は色々ありますが、一つはそういった空気が醸成されているということ。


 皆が正しいと言っているのに、それを間違っているということは勇気が必要なのです。


 そして、それ以上に、皆が間違っていると言っているものに対して、正しいというのは勇気と覚悟が必要なのです。


 天動説を否定し、地動説を唱えたガリレオ=ガリレイ。


 それまでの自然哲学に反し、万有引力を唱えたアイザック=ニュートン。


 有罪判決を受けたり、排斥されたりされても、なお自分の意見を貫くというのは並々ならぬことです。


 そこまでやるのは大変なことでしょうが、


 ただ、皆が良いと言っているもの。皆が悪いと否定しているもの。


 そういった意見に流されず、そこにある事実が本当にそうなのか考えてみることは、決して損失にはならないと思います。まあ、難しいのでしょうが……」

 

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