メダカ日記 番外編
おはようございます。
今回は謝罪とか宣伝とか決意とか色んなものを皆さんに見せるために書きました。
半年ぶりの更新です。
「…おい」
「…」
ブラウンのカーペット、本がぎっしりと詰まった本棚、壁にかかったモデルガン、ブラック基調で『cannondale』と白いが文字が印象的なロードバイク。
コーヒーの苦い匂いがほんのりと漂う私の部屋にて、今人生で十本指に入る勢いで恐怖を感じております。
はぁ…
目の前の男はため息をつくと腕組みをして、その高身長から私を見下ろすような視線を向けた。その鍛え上げられた胸筋がTシャツ越しに窺えた。
「あれから何ヶ月が経った?」
男の眉間に皺がよる。その表情には呆れと怒りが見て取れる。あぁ、なんて言い訳しよう。
そして、自分の命を救うべく、私は恐る恐る口を開いた。
「おおよそ半年ぐらい…です」
「そうだな、ちょうど半年ってのがいい所だな」
…
続かない会話に少しだけ長い沈黙が訪れる。その間、私が一番嫌だったのが、ずっと彼の鋭い視線が私を突き刺して拘束していたことである。
「なぁ」
「はい、なんでしょう…勇人さん…」
「お。俺の名前覚えてたのか、嬉しいねぇ。」
すると勇人はあははは。と表情を緩ませた。私もそれに釣られ笑う。
ハハハハハ。
ハハハ。
ハハ。
…
「って、まだ気が付かねぇかこの野郎!」
瞬間に私の襟首を掴み、鍛え上げられた両腕で私を持ち上げた。うわぁ、凄い…初めて浮いた…じゃなくて!
「す、すみませんすみませんごめんなさい!」
「謝って過ごすかこのくそ作家! 言え、半年間更新サボって何やってやがったぁ!」
「ヒィィ〜! 言います、言いますから! まずはこの手を…」
苦しさのあまり、一層足をバタバタ激しく動かすと、そのことに気がついた勇人は手を放す。
その場に崩れ落ちる。死ぬかと思ったぁ〜!
足りなかった分の酸素を深呼吸で満たすと、やっと私の心拍数も元の数値に戻った。
「さぁ、話してもらおうか。」
返答しだいでは…と言いたげな表情を引き攣らせながら、ポキポキと指を鳴らす。あぁ、死神が私の首を落とそうと鎌で素振りしてる…
悪い方の心拍数が上がるのを感じた。
「まずは…私の技量ですかね…」
「だろうな、あんな下手くそな文章だもんな。」
「…はい。それで一応、一話投稿の1週間後に第2話は書き終えたんです。おおよそ一万文字の作品を。」
「まぁ、当時のお前にしては頑張ったじゃないか。それで、その2話の投稿はなんでしなかった?」
「…自信がログアウトしました…」
「はぁ?」
「詳しく説明しますと、文章を削る作業をしていた時に自分の文章を読んでいて、あまりにもの悲惨さに、「なんか面白くない」ってなっちゃいました。」
『苦し紛れ』この言葉の使い道をやっと見つけたような気がする。拍子抜けしているのか、こんな私に怒りを感じているのか、よく分からない表情をする彼に、あははは…と笑って見せた。
後頭部を掻く。
「それに、自己満足で書いているとは言えやっぱり評価やコメントが来ないのはモチベ的にも落ち込みます。もちろん評価やコメントが欲しくて小説を書いている訳ではないんです。小説が好きだから…物語が好きだから…私の書いた、私の好きな物語を多くの人に読んでもらいし、何よりも、その人も一緒に楽しめるような小説が書きたいんです。」
そう言い切ってから、ものすごく冷たく静かな空気が流れた。まるで音が消失してしまったこのようなこの空気に名前をつけるなら、それは長い沈黙。
それを先に切ったのは、彼だった。
「…でもよ、下手だから投稿しないとか、コメントとか評価が来ないから書かないとか、それはただのワガママなんじゃないか?」
その言葉を聞いて、下がった視線は急浮上した。ハッとした矢先、まるで胃を握られたような、ギュッとした嫌な感覚がみぞおち辺りに広がる。
「確かに下手だと自分に絶望するし、実際、俺だってそんな経験山ほどあった。どれだけ努力しても、結果が付いてこなかった事なんてザラだ。だけどな、止めたらそこでおしまいなんだよ。」
止めたら…おしまい。
私は歯をぐっと噛み締めて、
「そんなこと分かってるんですよ、どれだけ文章を書いても、どれだけ小説を読んで研究しても、どれだけ綿密な構成を練っても、きっと小説家の先生にかなうわけもないし、小説家になろうで1位を取れるわけでもない。多分誰にも読んでもらえずにきっと膨大なデータの中に消えていく。そんなこと分かってるんですよ。だから…だから辛いんじゃないんですか!」
心のどこかでは分かっていた。たかが高校生が小説に影響されて、一年間自己流で練習したぐらいで、どうこうなるはずがないと。
在り来りな設定じゃダメだ。
在り来りな文章じゃダメだ。
でも、結果として在り来りな文章や設定に戻ってくるのがオチで、その度に「あぁ、やっぱり下手だな」って思ってた。今でもそうだ、ずっと…ずっと、なんでこんなに文章を構成する力が私にはないんだなんて思いながら、なんでこのサイトに、止めてしまった物語に愚痴を書いているんだろ。
私はただ…『メダカ日記』の投稿開始を宣伝しようとしただけなのに…
「今だって、そしてこれから先も、ずっと自信が無いかもしれない。来ないコメントや評価をずっと待ち続けるかもしれない。何よりもあなた達、登場人物が誰にも知られることなく、どこかに埋もれてしまうことが一番辛いんですよ。」
ブラウンのカーペットがポツポツの濡れていた。私の頬から、涙が溢れる。
こんなに小説のことを考えることが辛いなんて、今日が初めてだ。
「もう…活動辞めようかな…」
そう呟いた瞬間、右頬に痛烈な痛みが走った。訳の分からないまま、気がついたら天井を見上げていた。
私は驚きのあまり言葉を失う…
「さっきから好き勝手言いやがってこのクソ作家!」
私を殴り飛ばした張本人の怒りは、とうとう爆発してしまったらしい。勇人は吐き出すように言い放った。
「お前はワガママだ、確実に幼稚園児とかそのレベルでワガママだ。いいかよく聞け、そもそも才能のあるやつに勝てない道理で世界は動いてんだ、残念なことだけど世間ってのはそんなもんなんだよ!」
無情な宣告。
そんなこと…聞きたくなかった。
私は叫ぶように言い返す。
「それじゃあ…それじゃあ私はどうすればいいんですか?」
「書き続けろ!」
ドンっとまるでボクサーのカウンターようにクリーンで無駄のない五文字の日本語は、私の心の中になんの抵抗もなく侵入してきた。
勇人は続ける。
「さっきも言ったけど、勝てない上に辞めちまったらもうおしまいなんだよ。お前の好きなサイクリングだって、日課のランニングだって、足を止めたらもう、そこからは先に進めないんだよ。目的地にも家にも帰れないんだよ。」
「でも…それだって…」
「分ってる。お前の気持ちも努力も全部。たぶん俺がこんな綺麗事しか言えないのも、この胸筋も設定も、あの…なんか擬人化した青い方と黒い方も、お前がみんなに見せたかった物語も。全部理解してるつもりだ。」
そこで一呼吸つく。
そして、優しげな笑みを浮かべた。
「きっとこの先、どんなことをしても作家や先生には勝てない、だけどな、その人らと肩を並べることは出来るんだ。だからそのことも踏まえてもう一度言うぞ、書き続けろ。」
ガッと私の肩を掴む。
「そしてどうか、俺達の物語を嘘月に完成させてほしい。」
その、優しい言葉、優しげな表情は、私の目から涙を誘発するのには十分すぎた。
さっきまで流していた涙とは違う、暖かい涙が頬を伝う。
そして、私の心から出てきたのは、
「ごめん…なさい。」
彼に対する、物語に対する、小説に対する謝罪だった。
「それじゃ、頑張れよ。クソ作家!」
彼は振り返りざま、スポーティな顔をこちらに向け、ニッと笑った。
とても私の造った設定とは思えない人物像。でもそれはいつしか私がなりたかった人物像。
身長180cmとちょっと。
短かめのヘアーカット。
筋肉質な体。
そして何よりも…
その、誰かに勇気を与えてくれる存在。
「はい! 頑張ります! 期待していてください!」
「おう!」勇人は右手でグッドマークを作る。
私の部屋のドアを開けた。
「…あ、そうだ勇人さん! 少し先に言っておきますけど、肘打ちに気をつけてくださいね!」
「え? 今なんて?」
次の瞬間。ドアから光が洩れだした。眩しさのあまり目を瞑るともうそこには、彼の背中はなかった。
少しの間、私はきょとんとしていた。まるで何かの余韻に浸るようにして。
数回の呼吸の後で手をグーッと上に伸ばす。
回転椅子に座り、もう一度スマホへと手を伸ばす。
「よし、始めよう。」
スマホの画面を指がスライドしていく。
その指は、氷上を優雅に滑るスケート選手よりも、滑らかにスライドしていた。
『青と黒のメダカ日記』 再開です!
どうでしたでしょうか?この作品を半年ぶりに更新することを決意しました。
それともし、この作品を読んでいてくれた人がいるとしたのなら、本当にごめんなさい…
今回は宣伝です。次回の本編をお楽しみに!
それでは皆さん、学校、お仕事、今日一日頑張りましょう!