第3章〜銃口はひたすらに相手を見つめ続ける
キュウカが基地に到着する数時刻前、メディオン島近辺の海にて・・・
一隻の船を沈めるために、彼女たちは戦艦に乗って迎えうとうとしていた。
その部隊長の名は、マレット・ネイミーツ。
見た目は20もいかない細身な女性に見えるが、それでも「メディオン」の部隊長を務めている。
彼女は銃を手にとり、いつでも戦闘を開始できるように準備をしていた。
彼女たちの戦艦は大型の艦が6隻、そして相手は艦ともいえないような船が1隻のみ。
普通ならば完勝ともいえるような状況なのだが、今の彼女や他の隊員からはそのような余裕さは全く感じられず、むしろこの上ないほどに緊迫した空気が漂っている。
なぜなら、既に先行していた味方である2隻の艦が相手によって沈められてしまっていたからである。
これではさすがに隊員全員が息を呑むのも納得だろう。
そして今度は自分たちの部隊が攻めこむ番である。幾分前に1度戦って勝ってはいるものの、味方の敗北を目の前で見せ付けられては気を引き締めずにはいられない。
自分たちの艦と相手の船との距離がだんだんと近づくのを確認しながら、マレットは隊員たちに号令をかける。
「私の合図とともに総員は一気に敵の艦へと攻めこめ!なんとしてでもここで食い止めろ、本拠地に敵を入れるな!敵は見つけ次第射殺して構わない!」
そのマレットのある意味冷酷であり、ある意味正義感がある言葉に、隊員たちは迷うことなく返事を返す。
そして、戦いは始まった。
相手の船が彼女たちの艦に接触するほどに接近してきたところでマレット率いる部隊は、総攻撃を仕掛けるために一気に敵の船に乗り込んだ。
その光景は、歴史に残っている大航海時代の1つの大戦を連想させるほどである。ただひとつ違うところを挙げるとすれば、主力となっている武器がほとんど剣から銃になっているという事くらいだろう。
敵の船員たちも、彼女たちの総攻撃に対応して応戦する。
1隻の船でのかなり大きな規模の銃撃戦。そんな中マレットは軽々と敵の銃弾を避けながら迷うことなく敵を撃ち殺してゆく。しかし、マレットは途中で妙な異変に気がつく。
「何で・・・こんなにも味方の死体が多いの!?こっちのほうが圧倒的に有利のはずなのに・・。」
そんなマレットの呟きを1つの男の声が遮る。
「蟻の大群よりも、1頭の象のほうが強い。・・・真面目にあんたらの先走る行動には困るね、さすがに。」
その声に気づきふとマレットは後ろを振り向くと、そこには赤髪の男が銃を両手に気配を感じさせることなく立っていた。服には返り血跡が数箇所見受けられる。マレットは目の前にいる赤髪の男はただの船員ではないと直感する。
マレットが驚いて一瞬呆けていたうちに、その赤髪の男は銃口をマレットに向け、何の躊躇いもなく引き金を引いた。
マレットは間一髪で避けることに成功し、体勢を構えなおす。
そのマレットの俊敏な反応に赤髪の男は若干顔を歪ませる。
「あんた、他の奴らとは反応が違うな。ひょっとして隊長さんか?」
「だったらどうするつもり?」
そのマレットの返した言葉に、赤髪の男、ダリスは薄い笑みを浮かべてみせる。
「殺す、と言いたいところだがあんたには聞きたいことが山ほどあるんでね。ちょっとばかり情報を提供してもらう。」
「そんな事は私たちに勝手から言ってよね。まぁ、この状況じゃ勝つなんて到底無理だと思うけどね。」
そのマレットの言葉が終わるのと同時にダリスは姿勢を低くしてマレットとの間合いを一気につめる。
なんて速い動きなの・・・・!
マレットはその速さに劣らぬ速さで姿勢を低くし、ダリスが引き金を引こうとした瞬間、下から足で銃を蹴り上げた。
何だこの女・・・イネくらいにめっちゃ速いな!この俺が速さで圧されてるなんてな!
ダリスは姿勢を戻し、マレットの放つ銃弾をリズムよく避けながら少しずつ間合いをつめていく。
そして、素早くもう1つの銃でマレットの銃を弾きとばした。
「くっ!」
銃を手元から失ったマレットは腰にかけておいた大型のナイフをとりだした。
普通の敵が相手ならば、この時点でとばされた銃を素早く取りに行くことは可能だが、この赤髪の男はどうやらそれを許してくれるほど甘くはなさそうだ。
マレットはそれを悟り、ナイフを構えて姿勢を極端に低くして間合いをつめはじめた。
「おいおい、ナイフなんかで銃に勝てると思ってるのかよ?」
ダリスは軽く鼻で笑うと、哀れむように銃の引き金を引いた。
だが、その銃弾はマレットに当たることはなかった・・・
マレットは銃弾を自分に当たる前に、俊敏にナイフで弾き飛ばすという人間離れした技をやってのけたのである。それを目のあたりにしたダリスは驚き焦りながらも銃を発砲し続ける。
「こいつ銃弾をナイフで弾き飛ばしやがった!ありえねぇだろ普通!お前本当に人間かよ?」
「人間だけど、何か?」
マレットは挑発するように言葉を返しながら、ダリスの銃弾をナイフで弾いていく。
そして、ついにナイフはダリスの喉元へと到達する。
「くそっ。」
ダリスは急所である喉を守るために腕を身代わりにし、ナイフの先端はダリスの腕に突き刺さる。
ダリスの腕に激しく熱い痛みがこみ上げてくる。
ダリスはマレットに押し倒されて、さらにナイフを喉元へ押し付けられる。
「あなたの射撃は正確だった。けど、それだけに予測しやすいのよ、銃弾のとんでくる位置を。」
それを聞くと、ダリスは笑みを浮かべつつも悔しげな表情を浮かべる。
「へっ、あんたの完全勝利だな。ったく、あんたとはもう少し違う出会い方をしたかったよ。あんた、結構いい女だしな。良い仲間になれたかもしれねぇってのに。」
敵からそんなこと言われたのなんて初めてだ。うれしい・・・けど。
「そうね。けど、ここは戦場なの。情けが生死をわける場所なのよ。」
「ああ、わかってるさ。殺しな。」
「ええ、言われなくても。」
ほぼ無表情で返事を返しているが、マレットの顔には若干の悲しみが混じっていた。
それでも彼女はナイフを振り下ろす。
ダリスは既にここで殺される覚悟を決めていた。負けた者に待っているのは死のみである。そう知っているからだ。
へっ、まったくカリルに振り回されてまともな人生じゃなかったな・・・でも、そのおかげで結構楽しかったけどな・・・。
そう思いふけっている時・・・銃声が1つ。気がつくとマレットの手からはナイフが消えていた。
そして1人の、ダリスにとってはあまりにも聞きなれた声がマレットの背後から聞こえてきた。
その声はあまりにもハイテンションな声だった。
「おいおいオイオイマジかよマジかよ!!そこのお嬢さん何俺の大切な仲間にナイフ突きつけちゃってくれてんのよ?こっちだって出来れば人を殺すなんてことはしたくないわけだ!!わかる?殺しほど悲しく憎しみを生むものはないぞ!それを今やっている俺!はぁ、人間のクズだ俺は!」」
「カリル!」
マレットが振り向くと、そこには銃口をこちらに向けてハイテンションで話す黄髪の男が笑いながら立っていた。その隙にダリスはマレットを蹴り飛ばして体勢を立て直した。
マレットは素早く起き上がり、そばにあった銃を手にとり彼女もまた姿勢を立て直す。
「ダリス、お前よく見たら腕がヤバいことになってるじゃねぇかよ!よし、コイツは俺にまかせて、お前はナヴィアのところ行って治療してもらってこいよ!」
そう言うとカリルはダリスにむかってガッツポーズを見せる。
「けど大丈夫か?この女、他の奴とは比べものにならないくらい強ぇぞ?」
「強い?そんなものは俺たちのアレでカバーしようぜアレで!そう、絆だよ、キズナ!!俺たちの絆にかかればそんな強いだの弱いだのなんて関係ないはずだろ!!?」
両手を高々とあげて1人で叫ぶカリルにダリスは背を向けながらつぶやく。
「すまん、カリル!」
ダリスはナイフで刺され、負傷した腕の傷を抑えながらその場を去っていく。
そして残された2人の雰囲気は何とも複雑で交じり合っていた。
まぁハイテンションなカリルがいるという時点で雰囲気などブチ壊しにされるわけなのだが。
カリルは高々とあげていた手を下ろし、銃をリロードする。
それに即座に反応し、マレットも銃口をカリルへと向ける。
だが、理由はわからないがマレットの銃口はうまく定まらず、不安定に震えている。マレットはその時に気づいたのである。カリルというこのハイテンションな男は雰囲気だけではなく、何か他にも危ない何らかの空気を発しているという事に。
「さてと、俺の仲間を傷つけたお前を、どうやら俺は殺さなくてはいけないらしい。なぜかって?運命がそう言っているわけだ!けれど俺は、そこまでお前を殺す気はないわけだ。どうだ?一旦ここでお前が降参してくれれば命は絶っっッッ対に保障するが、する気はないか?」
カリルの急に冷静な提案にマレットは多少の戸惑いを感じたが、即座に強気で言い返す。
「ふざけないで!それにおそらく今のこの状況では命乞いするのはあなたの方だと思うけど?」
状況はマレットが圧倒的有利。誰が見てもそう思うはずである。
カリルは銃をリロードしたものの、銃口は床に向いているが、マレットは銃口をカリルへと向けている。
カリルはそんな状況の中、笑みを浮かべながらなぜか両手を広げてみせる。
「お前、そんなに手が震えていちゃ、この距離でも俺に当てるのは無理だぜ?」
そう、確かにいつもは正確であるマレットの狙いがうまく定まっていないのである。普通の相手ならそんな手が震えることなどありえないのだが、この目の前にいるカリルという相手だけにはなぜか手が震え、銃口が定まらないのである。
理由はわからないのだが、マレットの本能は警報をならし続けていた。それも人生最大の警報音で。
この男は危険だ。相手にすると確実に殺される。そんなふうに本能が警報を鳴らしている。
しかし、あんなふうに敵に挑発されては、撃たないほかはない。
「う、うるさい!」
そう言いながら引き金に力を入れ、銃声。しかし、カリルに銃弾は当たることはなかった。
「どうした、今のは威嚇射撃か?」
カリルの挑発よりも、信じられなかったのは今の失態である。
このたったの10mもない間合いで私が狙いをハズした!?そんなことはありえないはずだ!
マレットが驚いている隙に、カリルは見えないほどに素早く床に向いていた銃口をマレットにむける。
殺される!
「ッ!!しまっ・・・」
マレットが言葉を言い終えるよりも早く、1つの銃声が響いた。
マレットが気がついた時には既に右の脇腹に激しく熱い痛みが襲っていた。
そう、カリルに撃たれたのである。油断していたほんの一瞬のスキに。
「ぐぅっ!!」
「油断は禁物ってよく言うよな。ま、安心してくれ。撃つときに致命傷は避けておいたから治療して多少安静にしていれば大丈夫だろ。」
「何で・・・私を・・・殺さない?」
その質問にカリルは不思議そうな顔をする。
「変な質問する奴だな。何でって、もしかしてそんなに殺されたいのか?ま、そんなわけないよな。だってお前、殺すのは躊躇いなくできるけど、自分自身に死が迫ってくるとかなり怖いだろ。ま、わかり易く言うと死を恐れてるってことだ。俺そういう奴殺すの嫌なんだよね。俺が殺しやすいのはちゃんと死ぬ覚悟をもったソルジャーだよソルジャー!わかるか、この気持ちが!」」
「何・・・!?」
この上ないほどの屈辱だった。
こんなふざけた男に情けをかけられたうえに、自分は死を恐れているなんて言われるとは。
幾つもの戦場を征してきたこの私が死を恐れているだって?ふざけたことを言わないでほしいわね。
マレットは脇腹の出血を抑えながら不敵な笑みを浮かべた。
「勝手に決めつけないでほしいものね・・。私にだって死ぬ覚悟はとうにできているのよ。
それに・・・」
マレットはカリルから目線を離さずに話をしつつも、握っていた銃の銃口をカリルに向ける。
カリルはそうすると、意外そうな顔をしたが、即座に笑みを浮かべながら銃口をこちらに向ける。
マレットはこのあたりで気づき始めていた。このカリルという男が最初にダリスという男を助けた時に比べて随分と危険な雰囲気になりつつある事に。まるで最初に見たときとは別人のようでもあった。
「私はまだ死ぬつもりはないわ。」
そして引き金に力をこめ、銃声。それも2つ。
しかし銃弾がカリルに当たることはやはりなかった。
ふとマレットは床に目を向けると、数メートル先に銃弾が2発落ちている。
マレットの銃の狙いは正確だったのだ。カリルはその銃弾を自身の放った銃弾によって弾き飛ばすというありえない技をやってのけたのである。
この時にようやくマレットは、先ほどから鳴っていた本能の警報の意味を理解した。
マレットが動揺している隙に、カリルは再び銃の引き金に力をこめる。
「やっぱり死ぬか?」
銃声。マレットは今度は左肩に激しく熱い痛みが襲う。
「ぐっ!!」
カリルは銃口をマレットから外さずに問いだす。
「さぁ、どうする?このまま無理に抗って死んでゆくか、一度撤退して好機を待つか・・・選べ。ま、できれば俺はソルジャー精神以外の奴は殺したくないんだけどなぁ。」
また情けをかけられた。
その事実だけがマレットの脳内に響く。
と、その時。1つの銃声。
その銃弾はカリルのすぐ足元に当たっていた。
マレットの背後からでてきたのは、かなり大きな体格をした20ばかりの若い男。
見た目はどこにでもいそうな兵士といった感じではあるが、銃口の安定さを見るからに戦闘能力は優れていると推測できるだろう。
「隊長、ここは撤退をするのがよろしいかと。」
「何を言っているのツヴァイカ!ここに敵の大将がいるのに逃げろというの!?」
感情的になるマレットにツヴァイカとよばれた男は冷静に話を続ける。
「状況は我々が不利です。このままでは援軍が到着するまで持ちません。撤退することが屈辱であるのは重々承知です。ですがここはポリシーを曲げていただいて、一度撤退をお願いいたします!」
立派な男の演説に、さすがのマレットも心を動かされ、マレットの部隊は撤退を開始する。
それをただ見ていたカリルは1人、笑みをひたすら浮かべていた。
普段の馬鹿げた笑みとは違った、危険な笑みを・・・
今回はもともとは前半と後半にわけるつもりだったのですが、わけずに前半の船での戦闘シーンだけで終わってしまいました。スイマセン・・・。
今回の話でカリルの本質が少しあらわれてきましたね。
次回はケアンを主にした義勇軍の話と、もう1つは新しく登場する2人組の人物の登場です。
ではまた次回、お会いすることができましたらこれ以上うれしいことはありません。
では!