人生は一番美しい童話である(88)
「…ルーカ、ス?」
「馬鹿野郎! 気をしっか持て!」
「わたしは…何を」
ゆっくりと前を見るセリーヌ。目の前のぼやけた人影が、段々と形を作り上げる。
「皆、無事だったか」
「貴女がこんな状態じゃ、アタシ達が無事だって、意味がない!」
「…こんな……状態?」
その言葉に、彼女は自らの身体を見下ろした。
そこにあるはずのものが、ことごとく欠如した身体。それは美しいほどの楕円を描き、椅子に埋まっている。
「…そん、な」
確かめようと腕を動かそうともがき、本当に何もなくなってしまったことに気づいた。バランスを失った身体は、卵の様に揺れて転がり落ちる。
身体に強い衝撃が走る。冷たい床が身に凍みる。
そこでまた強い衝撃が、頬に走った。
目を開けるが暗闇のまま。
どういうことなのか、彼女には全くわからなかった。今が夢なのか現実なのか、理解することすら、不可能だった。
先程までのは夢? じゃあこれは、現実? でも今が夢で、さっきまでが現実で。もしも、夢だとしたら。何を意図した映像なんだ。
頭が痛くなる。ギリギリと締め付けられるような感覚が頭から、首、そして全身に回る。ぐるぐると世界も廻る。
不意にそれがやんだ。
そして目の前が明るくなる。
「…お前は本物か」
セリーヌは声を絞り出した。
ルーカスが彼女を抱き締める。そこには確かに温もりがあった。
「大丈夫だよ、お嬢。みんな助けてに来た。遅くなってごめんなさい。無事でよかった」
握りしめた拳に温かい水滴がポタポタと落ちる。誰のかわからないそれは、手の甲を伝って地面に跡を残した。