人生は一番美しい童話である(82)
アリーの背中を見つめながら、セリーヌは小枝を鳴らし続けていた。パキパキと小気味良く鳴り続けるそれは、鬱憤を晴らすにはちょうどいい。何が鬱憤になっているのかは、本人にもわからなかったが。
姿が見えなくなったところで、セリーヌは踵を返して教会と向き合った。
見れば見るほどに、その歪んだ美しさが視線を奪う。何が美しいわけでもない廃墟を美しいと錯覚してしまうところからして、少し普通の人間とは違うのかもしれないとセリーヌは自嘲した。
手を伸ばして扉を開く。
ほんの少しカビ臭い空気が鼻腔を掠めて彼女を包み込んだ。
「…この臭いは嫌いじゃない」
ほんの少し懐かしさが入り交じったような、そんな不思議な感覚に襲われる。
「…そうか、昔住んでいた家が確かにこんな風に少しやつれた香りをさせていた」
歩みを進める彼女の耳に、天井が軋む音が聞こえた。パラパラと埃と木屑の雨が降ってくる。
あまり長居もできないな、とセリーヌは次の部屋へのドアを開けた。
「…なんだ、これは」
彼女がそう言うのも可笑しくはなかった。先程の部屋にはあったはずの懐かしい臭いが今は全くなく、女臭さが溢れている。薔薇か、金木犀か、ローズマリーか。そんな感じのきつい香り。
部屋の真ん中には絨毯がひかれ、蝋燭の明かりが点々と部屋の中を浮かび上がらせている。数えられるだけで30以上はあるだろうか。それぞれが違った色の蝋燭。匂いの元はあそこかもしれない。
そんな内装に相反するように軋む床が、この空間の歪さを強調しているようだった。
そして、真ん中の椅子から流れ出るように広げられた真っ赤なサテンのドレスと、それに包まれた女が、際立って歪な存在だった。
「妾は魔法使いマーリン」
そしてその台詞も。
「そなたが新たなアーサー王か?」




