人生は一番美しい童話である(81)
「…え?」
アリーは突然の申し出に言葉を失った。
この先に待つのは彼女の最愛の人を殺した殺人者だ。2人でも不安なのに1人で行くと言い出すと思わなかったのだ。
「バカ言わないで。
いつも1人で何でもやるけど、今回はそうはいかない! この先にいるのは殺人者よ? 何があるかわからないじゃない!」
「だからこそだよ、アリー」
セリーヌが俯きがちに囁く。
「ここで2人死んだら意味がない。だったら、1人はこの場所を誰かに伝えなきゃいけない。それをやれと言っているんだ」
「ならアタシが中に」
「私は」
つかみかからんばかりに身を乗り出したアリーを、不意にセリーヌは抱き締めた。突然のことに言葉を失う。
「…私は愛する者を殺された悔しさから、1人乗り込んでいった奴等を知っている。
そして彼らがどうなったかを。
今どこで眠っているのかを」
セリーヌの腕に力がこもる。アリーは何も言えず、ただ抱き締め返した。
「お願いだよ、アリー。
私はお前まで失いたくはない」
その言葉で2人は離れる。
「…この貸しは大きいわよ」
「死なないんだから、私の貸しだ。
それに、私こそ、歴代稀に見る大量殺人鬼だよ。
…まあ、トットに約束したからな」
笑いながらそう言って、セリーヌはアリーへと鍵を渡した。
「家の鍵だ。家族になったんだから、もっと早く渡すべきだったんだがな。こんな所ですまない」
「いいのよ。
…ありがとうね」
アリーは少し笑って右手を固く握りしめる。それは鍵と共に何か、別のものを手のひらに刻み付けている様だった。