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人生は一番美しい童話である(75)
皆におやすみを告げて、セリーヌは2階へとあがった。
トットの部屋の前で立ち止まり、扉に手をかける。しかし思いとどまり立ち尽くした。
今さら何を言えばいいだろう。
先程の自分の言葉は、彼を守るためのものだった。そうに違いないのに、何かが心のなかで渦を巻いて靄を作っている。
たった一言。たった一点でいいのだ。
「心配だった」
そう、素直に言えたらどれだけいいだろう。
「…誰かいるの?」
部屋の中からか細い声が聞こえた。
「…トット。少し話さないか」
「また怒りに来たの?」
「違う」
「オレだけ仲間はずれにして楽しい?」
「違うんだ」
「どうせ、オレは役に立たないんだ。いつも。大事な時に。だから父さんも」
「違うんだ! 聞いてくれ! トット」
セリーヌは扉に両手の拳を殴り付け、その場に崩れ落ちた。
「…私は、誰も失いたくないんだ。昔のように」