人生は一番美しい童話である(70)
「こんにちわ、おば様」
現れた女性に3人は息を飲んだ。
人殺しとは無縁そうな美しい女性だった。背中の中程まで伸びる黒髪は1つに後ろで束ねられ、彼女がケーキを見ようと除き込む度に揺れる。
「…このお三方は? 先程から物凄く視線を感じますわ」
ちらちらと様子を伺うように頭を左右に振る。
「うちの常連さんなのよ! 今日のスペシャルについて話してたら、あなたが入ってきたものだから、目を奪われているのよ」
店主がケーキを箱に積めながら女性に弁解する。
「…失礼しました。僕はトーマス。あまりにも美しいもので。目を奪われてしまいました。こんなに美しい人を見たのは人生で3回目だ」
「ふふふ。3回目なのね。2回分はそちらにいらっしゃる方かしら」
「ええ。1人は僕の想い人です」
「あらまあ。素敵ね」
柔らかく笑う彼女。本当に彼女なのかとセリーヌもアリーも疑っていた。血の匂いも何も感じない。これは誤った情報なのかもしれない。
そんな彼女たちにできるのは1つだけ。
セリーヌは怪しまれないよう、じっと彼女の瞳を見つめた。そして、大きく目を見開いた。
「はいよ、お姉さん。いつもの詰め合わせ。みんなで仲良く食べておくれ」
「ありがとうございます、おば様。みんなで食べますわ。私の家で待っているみんなでね。
ごきげんよう、皆さま。またお会いしましょう」
にっこりと笑って彼女は扉の方へと歩く。まっすぐ前に伸ばされた指先に扉が触れるか触れないかの瀬戸際で、もう1度彼女は振り向いた。